ほのぼの誕生日会♪ と お知らせ
11月18日 メグ&ハル家

美味しそうな手作りケーキを前に!目がまん丸の伝助!∑⊂*゜д゜*⊃!!
今日は、メグちゃんのお誕生日祝いにご招待いただきましたヾU*^ェ^*Uゝ

美味しそうな手作りケーキを前に!目がまん丸の伝助!∑⊂*゜д゜*⊃!!
今日は、メグちゃんのお誕生日祝いにご招待いただきましたヾU*^ェ^*Uゝ
PM6:33 よっしー家

来月の末には伝助も7歳になるという事で、1ヶ月お姉さんのメグちゃんと一緒に、
去年に引き続き、一緒に誕生日のお祝いをして頂ける事になりましたヾU*^ェ^*Uゝ
伝助は何度かお邪魔して、色々とご馳走になっているのでwそれをしっかりと覚えているのでしょう~
車から降ろした瞬間!もう小走りで一目散に玄関の前へチョコンと座っていました(笑)

こちらは蓼科のホテルの駐車場の裏から、一夜にして立派なお家のお坊ちゃまへと出世されたハルくんです!
変な奴が来たぞ!怪しい奴め!と、コソコソと隠れながら伝助の様子を伺っていましたヾU*・ェ・*Uゝ

そんな猫の視線にまったく気付かずw
伝助は美味しい香り誘われて、料理中のよっしーさんとママさんの間をウロウロしていましたw

待ち切れずイソイソソワソワ落ち着きが無いので、ワンコの食事を先に与えます。
凄いぞ!生の馬肉だって~~~@@!手作り食が更に手の込んだものになっていますね!美味しそう~♪
あっ!というまに平らげました∑⊂*゜д゜*⊃!!

時間とともに、ハル君が段々距離を縮めてきました。
家の故リオさんや伝助を生んでくれたママは、猫を見ると追いかけるタイプだったので伝助はどうかな~と見ていると、
相変わらずのマイペースでwやっぱりボール以外は気にならないようでした(笑)

忍者のようにあちらこちらから顔を出しては伝助の様子を伺っていたハル君でしたが、
ここでバッタリと目が合います!!∑⊂*゜д゜*⊃!!。。。でもそれだけでしたヽU*´д`*Uノ

富士登山のお話に花を咲かせながら、食事の後にはママさんお手製のスペシャルケーキでハッピーバースディ♪
最初買ってきたのかと思ったくらいの素敵なケーキでしたヾU*^ェ^*Uゝ
外のクリームはヨーグルトで出来ているんだって!中はサツマイモやカボチャ!そしてササミなんだって!!
なるほど!ワンコの好物ばかりふんだんに使われていて!伝助の目が丸くなって輝くわけだヾU*^ェ^*Uゝ

あっ!というまに平らげて、メグちゃんの分も食べた挙句w御代わりまでもらっていましたヽU*´д`*Uノ
あの・・・主役はメグちゃんなんですけど・・・UA´д`*U。。。横でハル君も食べてるしw
ハル君は面白くて、1時間ほど様子を伺っていて、慣れてくると私や伝助に「遊んでよ~」とちょっかいを出していました。

そしてお誕生日プレゼントに、ワンコ用のセーターをいただきました!
パッ!と見た瞬間!よっしーさんは!これは伝ちゃんカラーだ!!と思ったそうです(笑)
伝助は何時もお邪魔してご馳走になって頂いてばかり^^;嬉しい楽しい美味しい誕生日会でありましたヾU*^ェ^*Uゝ
よっしーさん!ママさん!いつも何時も伝助を可愛がってくださり有難う御座いますヾU*・ェ・*Uゝ
詳しくは⇒よっしーさんのブログで^^
ー お知らせ -
いつまでもこんな楽しい日々が続けば良いな~と思っていた矢先、昨夜一本の電話が入りました。
月曜日の会議にて、現在諏訪を拠点にして請け負っていた私の担当するエリアの仕事が、
12月15日をもって契約解除、撤退する事がほぼ決ったという連絡が入りました(ToT)
最近チラホラとそんな噂を小耳に挟んでいたので、もしかしたら!と心の隅で感じてはいたのですが・・・
まぁ最初の話では半年から2年ぐらいと言われてはいたのは確かです。
昨夜は、ざっと話を聞いただけなので、まだ細かいところまでは決っていませんし解りませんが、
恐らく茨城か千葉への担当エリアへの移動、もしくは川崎へ戻ることになりそうですヽU*´д`*Uノ
諏訪は寒いけれど、諏訪湖周辺の公園や広場、霧ヶ峰や八ケ岳、川に渓谷に素敵なところが沢山あって、
諏訪のお友達やよっしーさんメグちゃんを通して素敵な出会いが沢山あって、お友達も沢山出来て、
伝助にとっては素晴らしい場所だな~と本当に気に入っていたのですが・・・残念です。。。
諏訪へ行く!と決まった時には、ワクワクしたものですが、放れる!となるととても寂しいものがあります。
また、詳しい事が決り次第、ご報告させていただきます。

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来月の末には伝助も7歳になるという事で、1ヶ月お姉さんのメグちゃんと一緒に、
去年に引き続き、一緒に誕生日のお祝いをして頂ける事になりましたヾU*^ェ^*Uゝ
伝助は何度かお邪魔して、色々とご馳走になっているのでwそれをしっかりと覚えているのでしょう~
車から降ろした瞬間!もう小走りで一目散に玄関の前へチョコンと座っていました(笑)

こちらは蓼科のホテルの駐車場の裏から、一夜にして立派なお家のお坊ちゃまへと出世されたハルくんです!
変な奴が来たぞ!怪しい奴め!と、コソコソと隠れながら伝助の様子を伺っていましたヾU*・ェ・*Uゝ

そんな猫の視線にまったく気付かずw
伝助は美味しい香り誘われて、料理中のよっしーさんとママさんの間をウロウロしていましたw

待ち切れずイソイソソワソワ落ち着きが無いので、ワンコの食事を先に与えます。
凄いぞ!生の馬肉だって~~~@@!手作り食が更に手の込んだものになっていますね!美味しそう~♪
あっ!というまに平らげました∑⊂*゜д゜*⊃!!

時間とともに、ハル君が段々距離を縮めてきました。
家の故リオさんや伝助を生んでくれたママは、猫を見ると追いかけるタイプだったので伝助はどうかな~と見ていると、
相変わらずのマイペースでwやっぱりボール以外は気にならないようでした(笑)

忍者のようにあちらこちらから顔を出しては伝助の様子を伺っていたハル君でしたが、
ここでバッタリと目が合います!!∑⊂*゜д゜*⊃!!。。。でもそれだけでしたヽU*´д`*Uノ

富士登山のお話に花を咲かせながら、食事の後にはママさんお手製のスペシャルケーキでハッピーバースディ♪
最初買ってきたのかと思ったくらいの素敵なケーキでしたヾU*^ェ^*Uゝ
外のクリームはヨーグルトで出来ているんだって!中はサツマイモやカボチャ!そしてササミなんだって!!
なるほど!ワンコの好物ばかりふんだんに使われていて!伝助の目が丸くなって輝くわけだヾU*^ェ^*Uゝ

あっ!というまに平らげて、メグちゃんの分も食べた挙句w御代わりまでもらっていましたヽU*´д`*Uノ
あの・・・主役はメグちゃんなんですけど・・・UA´д`*U。。。横でハル君も食べてるしw
ハル君は面白くて、1時間ほど様子を伺っていて、慣れてくると私や伝助に「遊んでよ~」とちょっかいを出していました。

そしてお誕生日プレゼントに、ワンコ用のセーターをいただきました!
パッ!と見た瞬間!よっしーさんは!これは伝ちゃんカラーだ!!と思ったそうです(笑)
伝助は何時もお邪魔してご馳走になって頂いてばかり^^;嬉しい楽しい美味しい誕生日会でありましたヾU*^ェ^*Uゝ
よっしーさん!ママさん!いつも何時も伝助を可愛がってくださり有難う御座いますヾU*・ェ・*Uゝ
詳しくは⇒よっしーさんのブログで^^
ー お知らせ -
いつまでもこんな楽しい日々が続けば良いな~と思っていた矢先、昨夜一本の電話が入りました。
月曜日の会議にて、現在諏訪を拠点にして請け負っていた私の担当するエリアの仕事が、
12月15日をもって契約解除、撤退する事がほぼ決ったという連絡が入りました(ToT)
最近チラホラとそんな噂を小耳に挟んでいたので、もしかしたら!と心の隅で感じてはいたのですが・・・
まぁ最初の話では半年から2年ぐらいと言われてはいたのは確かです。
昨夜は、ざっと話を聞いただけなので、まだ細かいところまでは決っていませんし解りませんが、
恐らく茨城か千葉への担当エリアへの移動、もしくは川崎へ戻ることになりそうですヽU*´д`*Uノ
諏訪は寒いけれど、諏訪湖周辺の公園や広場、霧ヶ峰や八ケ岳、川に渓谷に素敵なところが沢山あって、
諏訪のお友達やよっしーさんメグちゃんを通して素敵な出会いが沢山あって、お友達も沢山出来て、
伝助にとっては素晴らしい場所だな~と本当に気に入っていたのですが・・・残念です。。。
諏訪へ行く!と決まった時には、ワクワクしたものですが、放れる!となるととても寂しいものがあります。
また、詳しい事が決り次第、ご報告させていただきます。

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Entry ⇒ 2018.11.20 | Category ⇒ 日記 | Comments (18) | Trackbacks (0)
富士山 御中道への挑戦⑦ (生還)
11月3日 AM6:08 待ち望んだ朝

とうとう私と伝助は、長く冷たい富士山腹での一夜を乗り越え朝を迎えました。
一度、朝の霧に飲み込まれ、辺り一面真っ白になりましたが、慌てず霧の晴れるのを待って、
視界が開けたのと同時に立ち上がって歩き始めます。
実は夜間でも、富士宮口五合目へ通じる富士山スカイラインを走る車のライトは見えていたのです。
そう遠くない所まで来ているのは解っていたのですが、それが1時間なのか?2時間でいけるのか?
はたまたもっと掛かるのかと躊躇いがあり、体力気力も既に限界だったので安全策を優先に山中泊に至ったのでありました。
あと二つ三つ沢を越えれば!きっと五合目が見えるはずだ!!最後に蓄えた力を振り絞るのでありました。

とうとう私と伝助は、長く冷たい富士山腹での一夜を乗り越え朝を迎えました。
一度、朝の霧に飲み込まれ、辺り一面真っ白になりましたが、慌てず霧の晴れるのを待って、
視界が開けたのと同時に立ち上がって歩き始めます。
実は夜間でも、富士宮口五合目へ通じる富士山スカイラインを走る車のライトは見えていたのです。
そう遠くない所まで来ているのは解っていたのですが、それが1時間なのか?2時間でいけるのか?
はたまたもっと掛かるのかと躊躇いがあり、体力気力も既に限界だったので安全策を優先に山中泊に至ったのでありました。
あと二つ三つ沢を越えれば!きっと五合目が見えるはずだ!!最後に蓄えた力を振り絞るのでありました。
AM6:57 富士宮口五合目を確認!

既に登山道を外れてしまっていたので砂流の転がる沢の中を、ザザーっと音を立ながら東へと歩いていきます。
沢を二つほど越えたところで眼下に富士宮口五合目を確認する事が出来ました∑⊂*゜д゜*⊃!!
やはり!そう遠くない所まで来ていたのです!が、それは今が明るいから足元も見えてすんなり歩けているだけで、
あのまま真っ暗闇の中、手探り足探りで歩いていたら、またまた登ったり降りたりと、3倍4倍の時間が掛かり、
無駄な時間と体力を消費していたに違いありません、

富士宮口の方へ、砂流を若干下り気味に歩いていくと、本来の登山道へ再び乗る事が出来ましたヾU*^ェ^*Uゝ
真っ暗闇の沢越えで、登れるところを探しているうちに、何時の間にか本来よりも上の方を歩いていた事が解りました。

実は伝助は下へ行きたがっていたのですが、私は先が見えない不安から伝助を先導させる事をやめさせていました。
日が昇って印があって登山道だと解っても、御覧の通り人が一人通ったかどうかの跡が薄っすらと見える程度の道です。
この広大な沢の中で見失ったら最後、無駄に下りた分は後で登らなくてはならず。
私は極力下へは降りず、絶えず平坦に歩く事を心がけていたのでした。

そっか~伝助は解っていたのだな・・・
初夏に一度下見の為に2時間ぐらい先までは歩いていたからな、
確かにお前は今までも、一度歩いた道は例え暗がりでも間違えはしなかった。
登山前、冗談交じりで「帰ってこなかったら捜索願をお願いします!」なんて言っていたのが冗談ではなくなったw
素人の浅はかさよ!ふはははは!っと笑われてしまいそうですヽU*´д`*Uノ

本当にもがいて足掻いていたんでしょうね、私の靴はつま先も踵も捲れ上がって靴はボロボロになっていました。

いちいち脱ぐのも面倒くさくなり、靴の中に小石が入ってもそのまま歩いていたので、
足裏は擦り剥けてヒリヒリしていました。

伝助と二人、時折氷柱を齧りながら下っていきます。

フラフラな私とは対象に、伝助は尻尾高々に悠々と下っていました。本当に犬は強いな!何時もそう思います。

もう本当に私は膝に力が入らず、ちょっとよろける度に、ガッツリと何度も膝や手をつきました。

五合目を覗けば、連休ともあって駐車場は既に沢山の車で埋まって賑わっていました。

AM7:58 富士宮口五合目 到着

朝日が昇り、霧が晴れてから歩き出す事1時間半くらいでしょうか?私と伝助は富士宮口五合目へと生還しました。
もうこれは到着というより生還ですね^^;スタートから約25時間!私と伝助は目標の半分ですが、生還致しました。

一昼夜以上放置されていたテントは無事にあるのだろうか!?早く水が飲みたい!浴びるほどヽU*´д`*Uノ

テントは無事にありましたヾU*^ェ^*Uゝ
25時間山中で過し、一夜を明かして駆け込める場所があるのは物凄い安堵感でした。ヽU*´д`*Uノほっ
どんなに乾ききっていても、目頭は熱くなるようで、
私は伝助に「到着!お疲れ様!今日はここまで!良く頑張ったな!」と言って、沢山沢山撫でて褒めてやりました^^

しかし、寝っ転がっている暇はありません、早速伝助に水を与えお湯を沸かしフードをふやかしました。
伝助もさぞ水をがぶ飲みするだろうと思っていましたがそうでもなく、ちょろっと飲む程度でした。
氷柱で十分足りていたようです!やっぱり犬は強いな!飲まず食わずでも一週間位生きられるって本当かもw
ガスボンベの横に転がっているのが、ここまで私達の命を支えてくれた二本の氷柱です。
あれが生還への大きなターニングポイントでした。
実は、冷たい突風を避ける為、ガスに飲み込まれたり雪から逃れる為に、
何度も何度も岩盤の下や溶岩石の壁に身を隠すのですが、あの辺りは富士山の南側で、
氷柱がぶら下がっているのを見たのも見付けられたのも、あの一箇所だけだったのです∑⊂*゜д゜*⊃!!
氷柱(水)を手に入れられた事で、気持ちを切り替え、立ち止まって夜明けを待つ決意が出来たのです。
水が無ければ、乾ききった喉の痛みに苦しみながら、倒れるまで永遠に歩いて足掻いていたかも知れません、
ありがとう!君達のお陰で私と犬一匹!無事に生還する事が出来ました!感謝!感謝!ですヾU*^ェ^*Uゝ
撤収

一昼夜歩き続けた靴はボロボロ、もはや続行する体力気力もあるはずは無く、
当然今回はここで中断する事に決めました。ここから宝永山を越えてあと半周するのはどう考えたも無理です!

私がこの有様で、ゴム靴一枚の伝助が只では済むはずもなく、
やはり溶岩石の磨耗により肉球が赤く擦り剥けていました。。。ゴメンネ・・・伝助。。。
出血はしていなかっので、持ってきていた軟膏を塗ってとりあえず応急処置をしました。
私も凄い顔をしていたのでしょう・・・下りてきた時に出合った人が私の顔を見てビックリしていましたからw
きっと鼻水やら唾液の乾ききったガサガサの唇に血も滲んで、手先や顔も真っ黒でw
良くTVなどで見る。遭難者が無事に救出されました!とか、発見されました!みたいな顔をしていたんでしょうね^^;
AM9:44 始めてのタクシー

顔を洗って、伝助にフードを与えて、私はカップラーメンを食べました。
喉が痛くて食べるのが大変だったけど、冷ましながらゆっくり少しずつ食べました。あの味は忘れないなぁ^^;
仮眠を取りながら「着いたら電話してください!」と言って呼んだタクシーを待っていました。
寝袋だったけど、とっても暖かくて、屋根のあるところで寝れる喜びを噛み締めました。
事前の電話でこちらの現状と、富士スバルライン五合目まで車を取りに行かなくてはならない事情を説明していたので、
ブルーシートを敷いて養生をするという約束で、伝助も一緒に快く乗せて頂く事が出来ました。
ホンダタクシーさん!本当にありがとうヾU*^ェ^*Uゝ

伝助は直ぐに寝てしまいましたzzz
PM12:05 富士スバルライン五合目 到着

3・4日は連休ともあって、朝から麓の道もスバルライン五合目への道も、車やバスが多くて渋滞していました。
富士宮口五合目から富士スバルライン五合目までは、距離で70キロ近くあり、2~2時間半ほど掛かります。
参考までにタクシーを使うと、料金で2万円ほど掛かりwこれに+有料道路の代金が掛かりますヽU*´д`*Uノはぁ
タクシーの運転手さんにお礼を言って、伝助はそそくさと我が家の車へと駆け込んでいきました。
乗り込んだらもうこんな感じでw本当に落ち着ける場所で安心したのか?ずっと寝ていましたヾU*^ェ^*Uゝ
ここからまた反転してテントを取りに富士宮口五合目へ向かわなくてはなりませんヽU*´д`*Uノ
途中の水ヶ塚公園駐車場で2時間ほど仮眠をとって、PM20:40無事に帰宅しました。
始めての富士山御中道への挑戦は、長い長い時間を掛けて、生還はしたものの、結果は・・・惨敗
- 完 -
ー あとがき -
応援や励まし、そして心配のメールなど、皆さん有難う御座いましたヾU*^ェ^*Uゝ
これまで富士山の天辺から帰ったその日に、普通にボール遊びまでしていた伝助も、
流石にこの日と翌日は大人しく寝ていましたw2日目からは普通にボールを追い掛けて元気に走り回っております。
普通あれだけの山業をこなしたら、犬だってしばらくは筋肉痛みたいになったりするものなのですが、
伝助には全くそれがなくwあ奴の凄いところ、恐ろしいところ、恵まれたところでもあります。
私の方は、喉を完全にやられ、食事も喉を通らず、唾を飲み込むのも辛い日々を送っていました。
それでも仕事へ行かぬ訳にはいかずw冷めたうどんやソバを中心に、なんとか胃袋を膨らませる努力をして、
イソジンで嗽を重ねながら、ユンケルを飲んで寝るだけの日々を送っていました。
喉に熱を持ち、一週間ほど微熱が続いて、筋肉痛や首から肩そして足腰に至るまで関節痛に悩まされ、
元の生活レベルに戻るのに10日ほど掛かってしまいました。
帰って居る筈なのに、記事の更新が無い、ブログが中々進まない理由はそこにありました。
始めての富士山から12年、戌年から始まったので、その12年の集大成として戌年で〆たかった御中道。
残念ながらその野望は見事に崩れ去りました・・・ヽU*´д`*Uノ
TVや漫画のように、ドラマチックにカッコ良く思うように行かないのがリアル(現実)の人生ですね、
想像では画像も動画も沢山撮って、動画編集ソフトを買って、観た人が一緒に御中道を一周した気になれる。
動画の作成まで目論んでいましたがw理想はあくまで理想であり、富士山にまたしても蹴散らされてしまいました。
反時計回りで行くのが習いなのですが、実は時計回りで行った方が楽な事は事前の調べで解っていたのです。
ですが、一泊して半分ずつなら行けるだろうと、根拠も無い変な自信が今回の一番の落ち度でありました。
私は実際に手を突っ込んで、痛い目をみてから初めて「そういうことか!」と納得するw
あ~いるいるそんな奴wタイプの人間で、出たとこ勝負の面が多々あり、それも今回は入念にやってきたつもりでした。
最大の難関は大沢崩れであると勝手に思い込み、犬には無理、超えられない、と言われた意味が良く解らず、
それ以降の列なる沢の方が遥かに難関である事を現地で思い知らされました。
小さなスコップでもあれば・・・それにロープを巻き付けて、足場を作ったり足枷に出来たのになぁ~と思うところでした。
当初は10月初めの決行予定でしたが、今年の異常気象で天候に恵まれず、時期的には遅いと解っていましたが、
どうしても今年中に達成させたいとの思いで決行にいたりました。
もしも10月の決行だったらもっと軽装であったろうし、氷柱はまだ無かった事を考えると危なかったかもしれません、
本来は一番日の長い時期に、経験者の先導の下に行うのが理想だと言われていた理由が良く解りました。
今回御中道一周の野望は叶わなかったけど、現実を目の当たりにした事で、次に活かせていけると思います。
ということで!富士山の冒険記は13年目へと突入していきます!!
このリベンジは!来年6月!一番日の長い時期に!更に綿密に作戦を煮詰めて挑戦したいと思います!!
長い長い冒険の記事に、最後までお付き合いくださり、またハラハラとご心配をお掛けしました皆様、
今は伝助共々何時もと変わらぬ生活をしております。どうぞご安心下さい。
ご観覧ありがとうございましたヾU*^ェ^*Uゝ
- おしまい -

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既に登山道を外れてしまっていたので砂流の転がる沢の中を、ザザーっと音を立ながら東へと歩いていきます。
沢を二つほど越えたところで眼下に富士宮口五合目を確認する事が出来ました∑⊂*゜д゜*⊃!!
やはり!そう遠くない所まで来ていたのです!が、それは今が明るいから足元も見えてすんなり歩けているだけで、
あのまま真っ暗闇の中、手探り足探りで歩いていたら、またまた登ったり降りたりと、3倍4倍の時間が掛かり、
無駄な時間と体力を消費していたに違いありません、

富士宮口の方へ、砂流を若干下り気味に歩いていくと、本来の登山道へ再び乗る事が出来ましたヾU*^ェ^*Uゝ
真っ暗闇の沢越えで、登れるところを探しているうちに、何時の間にか本来よりも上の方を歩いていた事が解りました。

実は伝助は下へ行きたがっていたのですが、私は先が見えない不安から伝助を先導させる事をやめさせていました。
日が昇って印があって登山道だと解っても、御覧の通り人が一人通ったかどうかの跡が薄っすらと見える程度の道です。
この広大な沢の中で見失ったら最後、無駄に下りた分は後で登らなくてはならず。
私は極力下へは降りず、絶えず平坦に歩く事を心がけていたのでした。

そっか~伝助は解っていたのだな・・・
初夏に一度下見の為に2時間ぐらい先までは歩いていたからな、
確かにお前は今までも、一度歩いた道は例え暗がりでも間違えはしなかった。
登山前、冗談交じりで「帰ってこなかったら捜索願をお願いします!」なんて言っていたのが冗談ではなくなったw
素人の浅はかさよ!ふはははは!っと笑われてしまいそうですヽU*´д`*Uノ

本当にもがいて足掻いていたんでしょうね、私の靴はつま先も踵も捲れ上がって靴はボロボロになっていました。

いちいち脱ぐのも面倒くさくなり、靴の中に小石が入ってもそのまま歩いていたので、
足裏は擦り剥けてヒリヒリしていました。

伝助と二人、時折氷柱を齧りながら下っていきます。

フラフラな私とは対象に、伝助は尻尾高々に悠々と下っていました。本当に犬は強いな!何時もそう思います。

もう本当に私は膝に力が入らず、ちょっとよろける度に、ガッツリと何度も膝や手をつきました。

五合目を覗けば、連休ともあって駐車場は既に沢山の車で埋まって賑わっていました。

AM7:58 富士宮口五合目 到着

朝日が昇り、霧が晴れてから歩き出す事1時間半くらいでしょうか?私と伝助は富士宮口五合目へと生還しました。
もうこれは到着というより生還ですね^^;スタートから約25時間!私と伝助は目標の半分ですが、生還致しました。

一昼夜以上放置されていたテントは無事にあるのだろうか!?早く水が飲みたい!浴びるほどヽU*´д`*Uノ

テントは無事にありましたヾU*^ェ^*Uゝ
25時間山中で過し、一夜を明かして駆け込める場所があるのは物凄い安堵感でした。ヽU*´д`*Uノほっ
どんなに乾ききっていても、目頭は熱くなるようで、
私は伝助に「到着!お疲れ様!今日はここまで!良く頑張ったな!」と言って、沢山沢山撫でて褒めてやりました^^

しかし、寝っ転がっている暇はありません、早速伝助に水を与えお湯を沸かしフードをふやかしました。
伝助もさぞ水をがぶ飲みするだろうと思っていましたがそうでもなく、ちょろっと飲む程度でした。
氷柱で十分足りていたようです!やっぱり犬は強いな!飲まず食わずでも一週間位生きられるって本当かもw
ガスボンベの横に転がっているのが、ここまで私達の命を支えてくれた二本の氷柱です。
あれが生還への大きなターニングポイントでした。
実は、冷たい突風を避ける為、ガスに飲み込まれたり雪から逃れる為に、
何度も何度も岩盤の下や溶岩石の壁に身を隠すのですが、あの辺りは富士山の南側で、
氷柱がぶら下がっているのを見たのも見付けられたのも、あの一箇所だけだったのです∑⊂*゜д゜*⊃!!
氷柱(水)を手に入れられた事で、気持ちを切り替え、立ち止まって夜明けを待つ決意が出来たのです。
水が無ければ、乾ききった喉の痛みに苦しみながら、倒れるまで永遠に歩いて足掻いていたかも知れません、
ありがとう!君達のお陰で私と犬一匹!無事に生還する事が出来ました!感謝!感謝!ですヾU*^ェ^*Uゝ
撤収

一昼夜歩き続けた靴はボロボロ、もはや続行する体力気力もあるはずは無く、
当然今回はここで中断する事に決めました。ここから宝永山を越えてあと半周するのはどう考えたも無理です!

私がこの有様で、ゴム靴一枚の伝助が只では済むはずもなく、
やはり溶岩石の磨耗により肉球が赤く擦り剥けていました。。。ゴメンネ・・・伝助。。。
出血はしていなかっので、持ってきていた軟膏を塗ってとりあえず応急処置をしました。
私も凄い顔をしていたのでしょう・・・下りてきた時に出合った人が私の顔を見てビックリしていましたからw
きっと鼻水やら唾液の乾ききったガサガサの唇に血も滲んで、手先や顔も真っ黒でw
良くTVなどで見る。遭難者が無事に救出されました!とか、発見されました!みたいな顔をしていたんでしょうね^^;
AM9:44 始めてのタクシー

顔を洗って、伝助にフードを与えて、私はカップラーメンを食べました。
喉が痛くて食べるのが大変だったけど、冷ましながらゆっくり少しずつ食べました。あの味は忘れないなぁ^^;
仮眠を取りながら「着いたら電話してください!」と言って呼んだタクシーを待っていました。
寝袋だったけど、とっても暖かくて、屋根のあるところで寝れる喜びを噛み締めました。
事前の電話でこちらの現状と、富士スバルライン五合目まで車を取りに行かなくてはならない事情を説明していたので、
ブルーシートを敷いて養生をするという約束で、伝助も一緒に快く乗せて頂く事が出来ました。
ホンダタクシーさん!本当にありがとうヾU*^ェ^*Uゝ

伝助は直ぐに寝てしまいましたzzz
PM12:05 富士スバルライン五合目 到着

3・4日は連休ともあって、朝から麓の道もスバルライン五合目への道も、車やバスが多くて渋滞していました。
富士宮口五合目から富士スバルライン五合目までは、距離で70キロ近くあり、2~2時間半ほど掛かります。
参考までにタクシーを使うと、料金で2万円ほど掛かりwこれに+有料道路の代金が掛かりますヽU*´д`*Uノはぁ
タクシーの運転手さんにお礼を言って、伝助はそそくさと我が家の車へと駆け込んでいきました。
乗り込んだらもうこんな感じでw本当に落ち着ける場所で安心したのか?ずっと寝ていましたヾU*^ェ^*Uゝ
ここからまた反転してテントを取りに富士宮口五合目へ向かわなくてはなりませんヽU*´д`*Uノ
途中の水ヶ塚公園駐車場で2時間ほど仮眠をとって、PM20:40無事に帰宅しました。
始めての富士山御中道への挑戦は、長い長い時間を掛けて、生還はしたものの、結果は・・・惨敗
- 完 -
ー あとがき -
応援や励まし、そして心配のメールなど、皆さん有難う御座いましたヾU*^ェ^*Uゝ
これまで富士山の天辺から帰ったその日に、普通にボール遊びまでしていた伝助も、
流石にこの日と翌日は大人しく寝ていましたw2日目からは普通にボールを追い掛けて元気に走り回っております。
普通あれだけの山業をこなしたら、犬だってしばらくは筋肉痛みたいになったりするものなのですが、
伝助には全くそれがなくwあ奴の凄いところ、恐ろしいところ、恵まれたところでもあります。
私の方は、喉を完全にやられ、食事も喉を通らず、唾を飲み込むのも辛い日々を送っていました。
それでも仕事へ行かぬ訳にはいかずw冷めたうどんやソバを中心に、なんとか胃袋を膨らませる努力をして、
イソジンで嗽を重ねながら、ユンケルを飲んで寝るだけの日々を送っていました。
喉に熱を持ち、一週間ほど微熱が続いて、筋肉痛や首から肩そして足腰に至るまで関節痛に悩まされ、
元の生活レベルに戻るのに10日ほど掛かってしまいました。
帰って居る筈なのに、記事の更新が無い、ブログが中々進まない理由はそこにありました。
始めての富士山から12年、戌年から始まったので、その12年の集大成として戌年で〆たかった御中道。
残念ながらその野望は見事に崩れ去りました・・・ヽU*´д`*Uノ
TVや漫画のように、ドラマチックにカッコ良く思うように行かないのがリアル(現実)の人生ですね、
想像では画像も動画も沢山撮って、動画編集ソフトを買って、観た人が一緒に御中道を一周した気になれる。
動画の作成まで目論んでいましたがw理想はあくまで理想であり、富士山にまたしても蹴散らされてしまいました。
反時計回りで行くのが習いなのですが、実は時計回りで行った方が楽な事は事前の調べで解っていたのです。
ですが、一泊して半分ずつなら行けるだろうと、根拠も無い変な自信が今回の一番の落ち度でありました。
私は実際に手を突っ込んで、痛い目をみてから初めて「そういうことか!」と納得するw
あ~いるいるそんな奴wタイプの人間で、出たとこ勝負の面が多々あり、それも今回は入念にやってきたつもりでした。
最大の難関は大沢崩れであると勝手に思い込み、犬には無理、超えられない、と言われた意味が良く解らず、
それ以降の列なる沢の方が遥かに難関である事を現地で思い知らされました。
小さなスコップでもあれば・・・それにロープを巻き付けて、足場を作ったり足枷に出来たのになぁ~と思うところでした。
当初は10月初めの決行予定でしたが、今年の異常気象で天候に恵まれず、時期的には遅いと解っていましたが、
どうしても今年中に達成させたいとの思いで決行にいたりました。
もしも10月の決行だったらもっと軽装であったろうし、氷柱はまだ無かった事を考えると危なかったかもしれません、
本来は一番日の長い時期に、経験者の先導の下に行うのが理想だと言われていた理由が良く解りました。
今回御中道一周の野望は叶わなかったけど、現実を目の当たりにした事で、次に活かせていけると思います。
ということで!富士山の冒険記は13年目へと突入していきます!!
このリベンジは!来年6月!一番日の長い時期に!更に綿密に作戦を煮詰めて挑戦したいと思います!!
長い長い冒険の記事に、最後までお付き合いくださり、またハラハラとご心配をお掛けしました皆様、
今は伝助共々何時もと変わらぬ生活をしております。どうぞご安心下さい。
ご観覧ありがとうございましたヾU*^ェ^*Uゝ
- おしまい -

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Entry ⇒ 2018.11.19 | Category ⇒ 御中道 | Comments (15) | Trackbacks (0)
富士山 御中道への挑戦⑥ (山中泊)
PM17:00 日没

17時を過ぎた所で太陽は雲の下へ、大沢崩れを渡ってから既に5時間以上が過ぎていました。
明らかに何かがおかしい・・・随分歩いた気になっていた・・・もう直ぐ富士宮口五合目が見えるはずだと・・・
15時の休憩で水も飲み干してしまった・・・いったいどうなっているのだろうか?
そして私達はいったい何処にいるのだろうか・・・・

17時を過ぎた所で太陽は雲の下へ、大沢崩れを渡ってから既に5時間以上が過ぎていました。
明らかに何かがおかしい・・・随分歩いた気になっていた・・・もう直ぐ富士宮口五合目が見えるはずだと・・・
15時の休憩で水も飲み干してしまった・・・いったいどうなっているのだろうか?
そして私達はいったい何処にいるのだろうか・・・・
ここからのコース

何時も見ているこの地図、実は当日持ち歩いていた地図もこれと同じものでした。
この地図でパッと見た感じ、大沢崩れを越えてから既に5時間以上歩いているのです。
前半に歩いてきた大沢崩れまでの道筋は2時間半ほどで辿り着いたことを考えると、
もうとっくに今日の目的地である富士宮口五合目のテントに着いていてもおかしくはありません、
私と伝助は何処にいるのでしょうか?

今までとは違った地図で見て見ましょう。これは古いものですが、富士山の大まかな沢なども記されている地図です。
大沢崩れを越えてからの沢の数が圧倒的に多いのが見ただけでも解ります。
これが、今回入念に下準備をしてきたつもりの最大の落ち度となります。
しかも、不動沢、竹沢、桜沢と、巨大な沢に阻まれて予想以上に沢越えに時間が掛かってしまっていた事でした。
そうです!実は大して進んでいないのに、道中の苦労と時間に錯覚をしてしまって、
勝手に随分歩いた気になっていただけなのでしたヽU*´д`*Uノ
当然現地の本人はそんな事とはつゆ知らずwもうちょっと・・・もう少しのはず・・・と思って歩いているのでありました。
しかし、現実はまだ桜沢を越えた森の中を、鬼ヶ沢へ向かっている途中の半分ほどまでしか来ては居なかったのです。
ここから先は辛いものになっていきます。誰が悪いのか?それは軽んじて甘い読みをしてしまった自分が悪いのです。
どうしよう?サラッと書いてしまうか?とも考えましたが、怒られるのを覚悟で真実を書いていきたいと思います。

太陽が雲の下へ隠れて、辺りはどんどん急スピードで暗くなっていきます。

大丈夫!あともう少しのはず!伝助を、自分を励ましながら歩いていきます。

暗くなるほどに・・・微かに見える印を見落とさないように、辺りに気を配って慎重に歩みを進めていました。

まだ上へ続いているのか!?いったい何処まで行けば・・・登ればいいんだろうか??

暗くなるほどに、焦りやイライラはどんどん募っていきます。
17時24分、念の為に持ってきていた私のヘッドライトと伝助のピカピカを点灯します。

更にどんどん暗くなり、段々私の足元とライトが照らす少し先ぐらいしか見えなくなります。

まだなんとか印を追っている、足元はもう道なのか何なのかは解らないヽU*´д`*Uノ

また古い道標がありました。不安と戸惑いの中、まだ私と伝助は御中道の上を歩いていました。

桜沢から長い森を抜け、真っ暗闇の空間が見えます。また沢越えのようです。

ゴツゴツ岩の上の先は闇。。。あの先はどうなっているのだろうか!?まさに!一寸先は闇!状態です。

微かな印だけを頼りに、何時落ちてしまうかも解らない沢越えをしていきます。

そして、この印を最後に、この岸壁を降りた所で完全に足元を見失ってしまいます。

恐る恐る降りた沢で、もはや対岸も見えず、行った先が上がれる所かも解らずに歩みを進める事になりました。

PM18:27 ただでさえ先の見えない沢の中で、辺り一面をガスに飲み込まれ、挙句に雪まで降り出しました@@!
おかしい!でも近いはずなんだ!自分にそう言い聞かせて、コースも外れ水も無く・・・
ただ近いと信じて、方向だけは間違っていない!と歩みを進めていました。
寒い・・・喉が乾く・・・痛い・・・喉が焼けるように痛い・・・唾液が乾ききって喉に張り付いて痛みを伴います。
足元は砂流の蟻地獄のような沢の繰り返し、何度も転んで手を付いて、尻餅をついたりもしていました。
あれから幾つ沢を越えたろう・・・幾つ岩場を渡ったろう・・・いったい俺達は何処にいるんだろう・・・
唇も乾ききって切れて血が滲んでいた・・・伝助は大丈夫なんだろうか?・・・最後に水を飲んだのは15時頃だった。
あれからもうずっと水も飲めずに這い蹲って歩いている。。。疲れた。。。体中が痛い。。。
ルークの命日が・・・このまま私と伝助の命日にもなってしまう。。。。
PM22:01 命の水

また雪が降ってきて、山頂から凍るような風が強く吹き込んできました。もう辺りは氷点下なのは身をもって解ります。
とにかく雪と冷たい風を少しでも避けようと、溶岩石の岩場の下へ潜り込みました。
すると・・・氷柱が!!水だ!!命の水だ!!最後に水を飲んでから既に7時間が経過していました。

水さえあれば生きられる!直ぐに私はそれを頬張って、噛み砕いたものを手で伝助にも与えた。
寒いのも歩く事も頑張れば耐えられるが、喉の渇きだけは既に限界を超えていた。
乾いて焼けた喉に冷たい氷水が沁みました。7時間ぶりの水に心も体も一瞬蘇りましたU*`д´*Uノ”ぉぅ!
人間窮地に追い込まれれば、生きようと足掻いてもがくもので、私は大きな氷柱を二本叩き折って、
それを持っていたビニール袋に入れて、水筒代わりにしてリュックへ入れて持って行きました。
そしてゴールは近いはずだ!!もう直ぐテントで眠れるはずだ!!そう言い聞かせてまた歩みを進めました。

こんな斜面の溶岩石の転がる沢の中を、道から外れ見失いただただひたすらに歩いているのでした。
実は、頑張りとは裏腹に、たいして進んでいないのでありました。
それは、もう体力の限界であったし、降りた先の岩場で上がる所が見付からず、上へ下へ無駄に動いている為でした。
転んで休んで、10歩進んでまた動けず。。。這って進んでいたり、もう手先は爪もひび割れて血が滲むほどでした。
深夜0時を回ったところで、またすり鉢状の深い沢へ差し掛かり、そこへ降りた所で気持ちを切り替えました。
もうこんな状態で足掻いてもがいて進もうと考えても、体中首から背中から関節という関節は悲鳴をあげているし、
太もももパンパンで血管が破裂しそうだ!!一寸先は闇で、いつ崖から落ちて怪我をしてもおかしくは無い、
明るくなりさえすれば、きっとなんてなことはないはずなんだ!だから、ここで朝を待って体力を温存する!!
3日 AM1:00
私と伝助は少しでも冷たい冷気を避ける為に、何処かの沢の中の大きな溶岩石の岩下に居た。
もしもここが崩れたら・・・とも考えましたが、そこまで運が無かったら・・・もうどうやっても助からないだろうと・・・
水はある。喉が渇けば氷柱を取り出してそれを齧った。私が齧って細くなったところを伝助が齧る。
大きな溶岩石の岩を瀬に私は丸くなった。丸くなった私の背に伝助が寄り掛かって伏せて寝ていた。
考えてみれば昨夜の24時に起床してずっと起きていたのである。
疲れきった私と伝助が寝るのは非常に簡単な事であった。
AM2:00
寝るのは簡単、しかし、標高2500Mの富士山の中腹で気温は恐らく氷点下、
そして時折物凄く冷たい突風が雪を巻いて吹きぬける。だいたい20分ほどで一度起こされる。
伝助は普通に家で寝ているかのように大人しく伏せて寝ていた。
テント泊は寒いだろうな~とか、怖いだろうな~とか、考えていたのが今ではとてつもなく幸せのように思える。
遠くに町の明かりが見える。今頃みんな暖かい布団の中で当たり前のように寝ているんだろうな・・・
あって当たり前の物が無い・・・まさかこんな事になってしまうなんて・・・遠くに行き交う車の光さえ暖かく見える。
強気と弱気が何度も交差する。。。怪我をして動けないんじゃない!水はある!明るくなりさえすれば・・・
AM3:00
また突風が吹き、冷たい風が胸元からちょっと入り込んだだけで、身震いして起こされる。
伝助は・・・私の背中へ寄り掛かり、手足を広げて仰向けにヘソ天で寝ていた(爆)∑⊂*゜д゜*⊃!!
こいつは寒くないのだろうか?伝助が触れている部分はとても暖かかった。
やっぱり犬にとっては、飼い主の居るところ帰るところが一番落ち着ける安心できる場所のようで、
伝助にとって私さえ居れば、そこが何処だろうと安心して普通に居られる場所なんだなぁ・・・
犬にとって最良のパートナーは人間なんだと改めて感じさせられた。そんな姿が私を慰めてくれた。
AM4:00
この4時から5時の間が一番辛いところで、恐らく一番寒い時間だったと思います。
もう寒くて寝るどころではなかった。伝助ですら風が吹くとちょっと震えていた。
幸いな事は、今は11月で寒いと解っていたので、私は冬の備えでしっかりと着込んでいた事でした。
そして念の為に持ってきていた犬服を、伝助にも着せていました。
寒くなると伝助は丸くなった私に寄り掛かり、頭を私の腰や足に乗せていました。
それでも手先足先はどうしようもなく、どんどん冷たくなっていきます。
どんなに寒くても空気は乾燥していて喉が渇きます。
その度に氷柱を取り出して齧っていました。氷点下で氷を齧っているのです。そのうち激しい腹痛に襲われました。
足も何度も攣りましたヽU*´д`*Uノ相変わらず強気と弱気が交互に入れ替わっていきます。
救助を求めるかとも考えました。しかし連絡しても捜索が始まるのは日が昇ってからですw
それに怪我をして動けないわけではないのです。。。水はあるし。。。
誰か一人にだけでも現状を伝えておこうかとも考えました。。。
しかし、夜が明けて何事も無く下山したら麓で大騒ぎだった!!なんてオチも避けたいものです。
風が吹き抜ける度にいよいよ食いしばった歯がガチガチと音を立て始めました。
私は無類の寒がりでしたが、諏訪へ引っ越して2年!マイナス13度までを経験している!!
その信州の辛い寒さが私を叩き上げた!!とかなんとか考えてみたり・・・
今日明日は祭日で、少なからず御中道にも人が通るだろうから・・・
このまま朝になって私が目覚めなかったら・・・伝助だけでも助けてもらえるように、
動画に簡単にここまでの経緯を震えながら吹き込んでみたり・・・最後は犬をどうかお願いしますと・・・
弱気と強気が何度も何度も交差する。。。
AM5:00
寒さは一向に増すばかり・・・空はまだ暗いままだ・・・
でももう少し、ここまで耐えたんだからきっと乗り越えられる!生きられる!無事に帰れる!!
寒さと疲労と空腹からか?この頃私は胃液を何度も吐いていた。。。
伝助は相変わらず私の背に寄り掛かり、スヤスヤと普通に寝ていたzzz
3日 AM6:08

東の空が薄っすらと明るくなってきた!!やった!!乗り切ったぞ!!
でも焦るな!折角蓄えてきた残りの体力を無駄にするな!!しっかりと明るくなるのを待つのだ!!
ずっと東を見つめ、朝日が登る事がこんなに嬉しかった記憶は今までには無かった事でしょう。
しかしそこは何時もこちらの考えの上の上を行く富士山です。
ぬか喜びも束の間!朝の霧に一気に包まれた辺りはまた一面真っ白にw
この期に及んでまたしても試練を与えてくれますヽU*´д`*Uノ
そして、霧が晴れたのを見計らって腰を挙げます!今だ!行くぞ伝助!!
あと2つ3つ沢を越えればきっと富士宮口五合目が見えるはずだ!!U*`д´*Uノ”ぉぅ!
- つづく -

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この地図でパッと見た感じ、大沢崩れを越えてから既に5時間以上歩いているのです。
前半に歩いてきた大沢崩れまでの道筋は2時間半ほどで辿り着いたことを考えると、
もうとっくに今日の目的地である富士宮口五合目のテントに着いていてもおかしくはありません、
私と伝助は何処にいるのでしょうか?

今までとは違った地図で見て見ましょう。これは古いものですが、富士山の大まかな沢なども記されている地図です。
大沢崩れを越えてからの沢の数が圧倒的に多いのが見ただけでも解ります。
これが、今回入念に下準備をしてきたつもりの最大の落ち度となります。
しかも、不動沢、竹沢、桜沢と、巨大な沢に阻まれて予想以上に沢越えに時間が掛かってしまっていた事でした。
そうです!実は大して進んでいないのに、道中の苦労と時間に錯覚をしてしまって、
勝手に随分歩いた気になっていただけなのでしたヽU*´д`*Uノ
当然現地の本人はそんな事とはつゆ知らずwもうちょっと・・・もう少しのはず・・・と思って歩いているのでありました。
しかし、現実はまだ桜沢を越えた森の中を、鬼ヶ沢へ向かっている途中の半分ほどまでしか来ては居なかったのです。
ここから先は辛いものになっていきます。誰が悪いのか?それは軽んじて甘い読みをしてしまった自分が悪いのです。
どうしよう?サラッと書いてしまうか?とも考えましたが、怒られるのを覚悟で真実を書いていきたいと思います。

太陽が雲の下へ隠れて、辺りはどんどん急スピードで暗くなっていきます。

大丈夫!あともう少しのはず!伝助を、自分を励ましながら歩いていきます。

暗くなるほどに・・・微かに見える印を見落とさないように、辺りに気を配って慎重に歩みを進めていました。

まだ上へ続いているのか!?いったい何処まで行けば・・・登ればいいんだろうか??

暗くなるほどに、焦りやイライラはどんどん募っていきます。
17時24分、念の為に持ってきていた私のヘッドライトと伝助のピカピカを点灯します。

更にどんどん暗くなり、段々私の足元とライトが照らす少し先ぐらいしか見えなくなります。

まだなんとか印を追っている、足元はもう道なのか何なのかは解らないヽU*´д`*Uノ

また古い道標がありました。不安と戸惑いの中、まだ私と伝助は御中道の上を歩いていました。

桜沢から長い森を抜け、真っ暗闇の空間が見えます。また沢越えのようです。

ゴツゴツ岩の上の先は闇。。。あの先はどうなっているのだろうか!?まさに!一寸先は闇!状態です。

微かな印だけを頼りに、何時落ちてしまうかも解らない沢越えをしていきます。

そして、この印を最後に、この岸壁を降りた所で完全に足元を見失ってしまいます。

恐る恐る降りた沢で、もはや対岸も見えず、行った先が上がれる所かも解らずに歩みを進める事になりました。

PM18:27 ただでさえ先の見えない沢の中で、辺り一面をガスに飲み込まれ、挙句に雪まで降り出しました@@!
おかしい!でも近いはずなんだ!自分にそう言い聞かせて、コースも外れ水も無く・・・
ただ近いと信じて、方向だけは間違っていない!と歩みを進めていました。
寒い・・・喉が乾く・・・痛い・・・喉が焼けるように痛い・・・唾液が乾ききって喉に張り付いて痛みを伴います。
足元は砂流の蟻地獄のような沢の繰り返し、何度も転んで手を付いて、尻餅をついたりもしていました。
あれから幾つ沢を越えたろう・・・幾つ岩場を渡ったろう・・・いったい俺達は何処にいるんだろう・・・
唇も乾ききって切れて血が滲んでいた・・・伝助は大丈夫なんだろうか?・・・最後に水を飲んだのは15時頃だった。
あれからもうずっと水も飲めずに這い蹲って歩いている。。。疲れた。。。体中が痛い。。。
ルークの命日が・・・このまま私と伝助の命日にもなってしまう。。。。
PM22:01 命の水

また雪が降ってきて、山頂から凍るような風が強く吹き込んできました。もう辺りは氷点下なのは身をもって解ります。
とにかく雪と冷たい風を少しでも避けようと、溶岩石の岩場の下へ潜り込みました。
すると・・・氷柱が!!水だ!!命の水だ!!最後に水を飲んでから既に7時間が経過していました。

水さえあれば生きられる!直ぐに私はそれを頬張って、噛み砕いたものを手で伝助にも与えた。
寒いのも歩く事も頑張れば耐えられるが、喉の渇きだけは既に限界を超えていた。
乾いて焼けた喉に冷たい氷水が沁みました。7時間ぶりの水に心も体も一瞬蘇りましたU*`д´*Uノ”ぉぅ!
人間窮地に追い込まれれば、生きようと足掻いてもがくもので、私は大きな氷柱を二本叩き折って、
それを持っていたビニール袋に入れて、水筒代わりにしてリュックへ入れて持って行きました。
そしてゴールは近いはずだ!!もう直ぐテントで眠れるはずだ!!そう言い聞かせてまた歩みを進めました。

こんな斜面の溶岩石の転がる沢の中を、道から外れ見失いただただひたすらに歩いているのでした。
実は、頑張りとは裏腹に、たいして進んでいないのでありました。
それは、もう体力の限界であったし、降りた先の岩場で上がる所が見付からず、上へ下へ無駄に動いている為でした。
転んで休んで、10歩進んでまた動けず。。。這って進んでいたり、もう手先は爪もひび割れて血が滲むほどでした。
深夜0時を回ったところで、またすり鉢状の深い沢へ差し掛かり、そこへ降りた所で気持ちを切り替えました。
もうこんな状態で足掻いてもがいて進もうと考えても、体中首から背中から関節という関節は悲鳴をあげているし、
太もももパンパンで血管が破裂しそうだ!!一寸先は闇で、いつ崖から落ちて怪我をしてもおかしくは無い、
明るくなりさえすれば、きっとなんてなことはないはずなんだ!だから、ここで朝を待って体力を温存する!!
3日 AM1:00
私と伝助は少しでも冷たい冷気を避ける為に、何処かの沢の中の大きな溶岩石の岩下に居た。
もしもここが崩れたら・・・とも考えましたが、そこまで運が無かったら・・・もうどうやっても助からないだろうと・・・
水はある。喉が渇けば氷柱を取り出してそれを齧った。私が齧って細くなったところを伝助が齧る。
大きな溶岩石の岩を瀬に私は丸くなった。丸くなった私の背に伝助が寄り掛かって伏せて寝ていた。
考えてみれば昨夜の24時に起床してずっと起きていたのである。
疲れきった私と伝助が寝るのは非常に簡単な事であった。
AM2:00
寝るのは簡単、しかし、標高2500Mの富士山の中腹で気温は恐らく氷点下、
そして時折物凄く冷たい突風が雪を巻いて吹きぬける。だいたい20分ほどで一度起こされる。
伝助は普通に家で寝ているかのように大人しく伏せて寝ていた。
テント泊は寒いだろうな~とか、怖いだろうな~とか、考えていたのが今ではとてつもなく幸せのように思える。
遠くに町の明かりが見える。今頃みんな暖かい布団の中で当たり前のように寝ているんだろうな・・・
あって当たり前の物が無い・・・まさかこんな事になってしまうなんて・・・遠くに行き交う車の光さえ暖かく見える。
強気と弱気が何度も交差する。。。怪我をして動けないんじゃない!水はある!明るくなりさえすれば・・・
AM3:00
また突風が吹き、冷たい風が胸元からちょっと入り込んだだけで、身震いして起こされる。
伝助は・・・私の背中へ寄り掛かり、手足を広げて仰向けにヘソ天で寝ていた(爆)∑⊂*゜д゜*⊃!!
こいつは寒くないのだろうか?伝助が触れている部分はとても暖かかった。
やっぱり犬にとっては、飼い主の居るところ帰るところが一番落ち着ける安心できる場所のようで、
伝助にとって私さえ居れば、そこが何処だろうと安心して普通に居られる場所なんだなぁ・・・
犬にとって最良のパートナーは人間なんだと改めて感じさせられた。そんな姿が私を慰めてくれた。
AM4:00
この4時から5時の間が一番辛いところで、恐らく一番寒い時間だったと思います。
もう寒くて寝るどころではなかった。伝助ですら風が吹くとちょっと震えていた。
幸いな事は、今は11月で寒いと解っていたので、私は冬の備えでしっかりと着込んでいた事でした。
そして念の為に持ってきていた犬服を、伝助にも着せていました。
寒くなると伝助は丸くなった私に寄り掛かり、頭を私の腰や足に乗せていました。
それでも手先足先はどうしようもなく、どんどん冷たくなっていきます。
どんなに寒くても空気は乾燥していて喉が渇きます。
その度に氷柱を取り出して齧っていました。氷点下で氷を齧っているのです。そのうち激しい腹痛に襲われました。
足も何度も攣りましたヽU*´д`*Uノ相変わらず強気と弱気が交互に入れ替わっていきます。
救助を求めるかとも考えました。しかし連絡しても捜索が始まるのは日が昇ってからですw
それに怪我をして動けないわけではないのです。。。水はあるし。。。
誰か一人にだけでも現状を伝えておこうかとも考えました。。。
しかし、夜が明けて何事も無く下山したら麓で大騒ぎだった!!なんてオチも避けたいものです。
風が吹き抜ける度にいよいよ食いしばった歯がガチガチと音を立て始めました。
私は無類の寒がりでしたが、諏訪へ引っ越して2年!マイナス13度までを経験している!!
その信州の辛い寒さが私を叩き上げた!!とかなんとか考えてみたり・・・
今日明日は祭日で、少なからず御中道にも人が通るだろうから・・・
このまま朝になって私が目覚めなかったら・・・伝助だけでも助けてもらえるように、
動画に簡単にここまでの経緯を震えながら吹き込んでみたり・・・最後は犬をどうかお願いしますと・・・
弱気と強気が何度も何度も交差する。。。
AM5:00
寒さは一向に増すばかり・・・空はまだ暗いままだ・・・
でももう少し、ここまで耐えたんだからきっと乗り越えられる!生きられる!無事に帰れる!!
寒さと疲労と空腹からか?この頃私は胃液を何度も吐いていた。。。
伝助は相変わらず私の背に寄り掛かり、スヤスヤと普通に寝ていたzzz
3日 AM6:08

東の空が薄っすらと明るくなってきた!!やった!!乗り切ったぞ!!
でも焦るな!折角蓄えてきた残りの体力を無駄にするな!!しっかりと明るくなるのを待つのだ!!
ずっと東を見つめ、朝日が登る事がこんなに嬉しかった記憶は今までには無かった事でしょう。
しかしそこは何時もこちらの考えの上の上を行く富士山です。
ぬか喜びも束の間!朝の霧に一気に包まれた辺りはまた一面真っ白にw
この期に及んでまたしても試練を与えてくれますヽU*´д`*Uノ
そして、霧が晴れたのを見計らって腰を挙げます!今だ!行くぞ伝助!!
あと2つ3つ沢を越えればきっと富士宮口五合目が見えるはずだ!!U*`д´*Uノ”ぉぅ!
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Entry ⇒ 2018.11.18 | Category ⇒ 御中道 | Comments (2) | Trackbacks (0)
富士山 御中道への挑戦⑤ (不動沢-天の浮橋-竹沢-桜沢)
AM11:43 大沢崩れ越えから登山道への分岐

最大の難関だと思っていた大沢崩れ、下り始めてから渡ってここまで登ってくるのに1時間掛からずに来てしまったw
頭で勝手に思い描いていた事と、実際に歩く事ではあまりにも違いがあってちょっと拍子抜けしました。
どうなるかと思われた御中道への挑戦、ここからはテントのある富士宮口五合目へ向かっていきますヾU*^ェ^*Uゝ

最大の難関だと思っていた大沢崩れ、下り始めてから渡ってここまで登ってくるのに1時間掛からずに来てしまったw
頭で勝手に思い描いていた事と、実際に歩く事ではあまりにも違いがあってちょっと拍子抜けしました。
どうなるかと思われた御中道への挑戦、ここからはテントのある富士宮口五合目へ向かっていきますヾU*^ェ^*Uゝ
ここからのコースです。

スタートから4時間43分、大沢崩れを渡ってモノレールを辿り、分岐まで登ってきました。
地図だけ見ると既に半分以上消化し、残るは東へ向かってただただテントのある富士宮口五合目を目指すのみ、
富士スバルライン五合目から大沢休泊所まで2時間半だったことを考えると、
お昼前の今からなら日没の17時頃まで5時間以上あり、幾らノロマの飼い主でもwそれだけあれば辿り着けるだろう^^;
手元に広げたこれと同じ地図を見ながら、のんきな飼い主はもう勝った気になって半分浮かれていました。。。

かなり風化した道らしい道を東へ、一路富士宮口五合目方面へと歩き始めますヾU*・ェ・*Uゝ

これが、あっているのかいないのかは来た事が無いので解りませんが、
とにかく東だ!これだけは間違いないのでとにかく東の方向へ進んでいきます。

森の中を進んでいたと思ったら、急に岩肌が立ち塞がったり、若干登り気味に進んでいきます。

疲れ知らずの伝助君は!まだまだ元気一杯で走り回っていましたヾU*・ェ・*Uゝ

道はかなり風化していて、枯れ葉で埋もれたり、朽ち木や倒木が行く手を遮っていたりと、
前半のような、誰かが来て整備しているような気配は全く感じられませんでした。

大木も倒れたら倒れっぱなしノコを使った後など一つも無く、登山道はこのまま埋もれて風化してしまうような感じです。

若干登り気味なので、パパは直ぐ疲れてしまってw伝助はそんな私を座って上から眺めていましたw

時折枝や木に、赤いテープが下がっていたり撒いてあったりして、ここが登山道で間違いない事を教えてくれます。

いま自分が何処にて、どこら辺を歩いているのかは正確には解りませんが、
今はただこういった、僅かな印と東へ向かうという事だけを意識して歩いています。





大沢崩れから、登山道らしい道を若干登るように歩いていくと、

下からうねりを撒いて白いガスが上がってきました。

ガスのうねりの中から大きな沢が怪しげに現れました。

周りはガッツリ溶岩石のゴツゴツした岩肌に囲まれています。

PM12:38 不動沢

大沢崩れの分岐から歩く事55分、不動沢なる岩肌の大きな沢にぶつかりました∑⊂*゜д゜*⊃!!
流れる霧の中から怪しく現れたので不気味な出会いでありましたUA´д`*U。。。

これは・・・でっかい沢だ@@!どっから渡るんだ!?渡れんのか!?降りられるのか!?∑⊂*゜д゜*⊃!!

このデッカイ富士山のデッカイ沢に・・・私と伝助はあまりにも小さすぎる。。。

背後には、今にも崩れ落ちそうな溶岩石の岩盤が聳え立っている。。。

何処から渡るんだ!?下か!?上か!?迂回路は無いのか!?アタフタしていると上の方に赤いテープを発見!

また上か!?また登るのか!?嫌だなぁ~と思いつつも、渡らなければ始まらない!上へ向かっていきます。

頑張って登って行くと、上の方に見た目でなんとか渡って登れそうな感じのところが目に付きました。

行ってみるとペンキで矢印が書いてあった!ここだ!ここから渡ればいいんだ!!ホッw
私はおっかなビックリw岩盤の急斜面を渡っていきます。

伝助は凄いんです!カモシカみたいにピョンピョンと飛んで跳ねて軽々越えていくんです∑⊂*゜д゜*⊃!!

沢の中から下を覗けばこんな感じ∑⊂*゜д゜*⊃!!これは!!転がりだしたらもう止まらないな@@!

伝助は「このオッサンはどうしてこんなに遅いのだろうか?」とでも言いたげにw
私の登りを楽しそう~に首を傾げて見つめています。。。

はぁ・・・沢沿いを登って降りてまた登る。。。大沢崩れよりもこっちの方が遥かに大変だわヽU*´д`*Uノ怖いしhhh

岩に何か印があるから・・・とりあえずここを渡る事で間違いは無いのだろう。

渡りきって振り返ってみれば、まるで岩の滑り台@@!富士山に降り積もった雪が解けて、
ここを雪崩のように崩れて落ちていくのを想像すると怖いものがあります。

よし!不動沢を越えたぞU*`д´*Uノ”ぉぅ!

沢を越えてもその上は岩石の斜面になっています。

PM13:16 天の浮橋

不動沢から岩場を登って行くと直ぐに朽ちた橋にぶつかりました。
あー!これは何度か下調べの時に写真で見たことがある!「天の浮橋」だ!
富士山の御中道が盛んに歩かれていた頃は、この橋を多くの人が渡っていたのでしょうねぇ~
今では朽ち果てて、踏み込んだら三途の川の渡し橋になりそうです(笑)

ここを渡れば近いのかな?でも伝助には無理だし、
壁に矢印が書いてあったので、素直にそちらへ行ってみる事にしました。

聳え立つ岩の壁の間に、人がやっと一人通れるほどの道が続いています。

写真でどこまで伝わるのかは解りませんが、かなり急な斜面で足を踏み外したら下まで転げ落ちそうでした。

実は事前の調べで、御中道経験者のブログや記事に、大沢崩れの渡り方を尋ねた事があったのですが、

「犬になんて渡れない!」「犬には無理だ!」「犬を連れて行くなんてとんでもない!」との返答が・・・ヽU*´д`*Uノ

確かにここもかなりキワドイ崖っぷちです。。。

でも伝助は、私の指示を仰ぐだけではなく、私の歩きを真似するだけでもなく、

ちゃんと自分で行き先を見て、登りやすそうな所を選んで歩いているのでした。

確かに、犬には無理なのかもしれない、手で掴むという事が出来ない犬が岩肌をよじ登ったり出来るはずが無く、
冷静にこれまでの道のりを考えれば、犬がこんなところを歩いているのは非常に可笑しいw

でもそれは犬の話であって、うちのは伝助である(笑)

私よりも遥かに速く、軽々とタンタンと登って行く、もう嘗てのリオ先生を越えましたな^^;

よし!ゴツゴツ岩の斜面をやっと越えられそうだ!






天の浮橋から岩の斜面の狭い道を登りきり、道なのかどうだか解らないようなところをしばらく歩いていましたが、
枝に赤いテープがあったので、恐らくこれで間違いないようでした。

もう風化しすぎて、これが道なんだかどうなのかはハッキリ解りませんヽU*´д`*Uノ

ただ、時折見る赤い印と、こんな何時の時代の物か解らないほど腐敗した道標を頼りに進んでいく事になります。

印はあるけど、倒木や朽ち木が乗っかっていてwそこが道だった事を覆い隠してワケ解らんチンですヽU*´д`*Uノ




PM14:53 昼食

不動沢を越えて、天の浮橋から岩肌の斜面を登り、その後は横歩きになると思いきや・・・
まだまだ上へ登るように道は続いていました。。。いったい何処まで登るのだろうか????
いい加減に登る事に嫌気が差してきた飼い主は時計を見て、もう15時近かったのでここ昼食をする事にしました。
ここでハプニングが発生!道中のお弁当にと、伝助には缶詰1個、私にはおにぎり二個持ってきたつもりでしたが、
伝助の缶詰やジャーキーはあるものの、肝心の自分のおにぎりをリュックに入れ忘れていた模様でw(何時もこれだw)
まぁ~無いものは仕方がないwとりあえず伝助にオヤツを与えて私は我慢するしかありません(笑)
それから水も随分無くなってきてしまっていました。
ここで誤算が発生します。
大沢崩れを渡って登って、分岐から横道へ入って不動沢を越え、天の浮橋の斜面を登り、ここまで約3時間、
随分歩いて進んだ気になった錯覚を起こしてしまったのです∑⊂*゜д゜*⊃!!
水は残り少ないけど、オヤツを食べ終えた伝助も水を欲しがっているし、
今は15時だし、あと2時間もあれば富士宮口五合目には十分辿り着けるだろうし、いいか!飲んじゃうか!!
と・・・残りの水をここで飲み干してしまうのでした∑⊂*゜д゜*⊃!!

伝助の昼食を終えて、はぁ~まだ登りなのかよ~もううんざりヽU*´д`*Uノ

この森を抜ける頃には富士宮口五合目が見えるかな~なんてのんきな考えの飼い主なのでありました。

お!なんだか随分横歩きに近くなってきたぞ~

富士宮口は近いかな~

のんきな飼い主である。。。

森の切れ目、空が見える。どうやら長く続いた森を抜けたようである。
初夏に下見に来た辺りまできたかな??・・・と思いきや@@!

バーーン!! そこには更に深く抉られたデッカイ沢が待ち受けていた∑⊂*゜д゜*⊃!!

え!どうすんだコレ・・・どっから渡るんだ@@!

PM15:20 竹沢

美しい富士の景色とは裏腹に、この沢を見た瞬間、私の背中に危機感が走った@@!
足元は崩れやすい溶岩石の砂流、登るにも降りるにも簡単に崩れ落ちて踏ん張りが利かない、
迂回路は!?あるかのか!?無いのか!?上を見ても下を見ても渡れそうなところが見当たらない・・・印もない・・・

写真でどこまで伝わるか解りませんが、私の背丈を遥かに越えています。

これが岩肌とかなら踏ん張りも利くしよじ登る事も出来るのですが・・・相手が砂ではただ崩れるのみ・・・

上か!?下か!?とにかく目で見て少しでも渡れそうな浅いところを探して上へ登ってみる事にしました。

ここ!ここはどうだ!?微かに段になってる!!

しかし、そこを目指して覚悟を決めて滑り降りてみたものの、上から見るのと実際に近くから見たのでは違いが大きく、
とても上がれるものではなかった・・・そして何処からも上がれず下へ上へ谷底を彷徨う事になる。。。
なんどかトライしてみたものの、上がりきる前に伝助は滑って戻されてしまう。。。
犬には無理って言われたのはこのことだったか@@!犬どころか私も上がれない・・・

何度かトライして、諦めて戻ろうとする伝助に後ろから押しながら「戻るな!行けーーー!!」激を飛ばし!
偶然と運も合わさって、伝助を沢の上へ押し上げる事に成功!!私もリュックを放り投げて、
飛んでバーンと腹ばいになってなんとかよじ登ったヽU*´д`*Uノ

PM15:53 ここを越えるだけで30分以上も時間が掛かってしまった。。。

水は無い・・・大丈夫!きっともう直ぐ富士宮口五合目が見えてくるはずさ・・・

今度の森は凄く短く、渡って歩いて直ぐにまたデッカイ沢が見えてきた。

PM16:08 桜沢

今度の沢は、深くは抉られていないが、砂流と溶岩石の岩盤が交互にかなりの距離で繋がっている。

この大きな沢に、なんとなく人が歩いたような跡が一本続いていた。
今は見えているからいいが、こんなの暗くなって見落としたらもう見付ける事は出来ないだろうな・・・

遠くまで見た感じ、もう森や土の大地は無さそうです。

ここで再び伝助に靴を履かせます。

16時を回って太陽は随分低い位置まで降りてきていました。

広大な砂流の沢を渡り始める。

願わくばまた這い上がれないようなところがありませんように!><。

横歩きで渡っていけていますが、足元が砂なので非常に一歩一歩が重いですヽU*´д`*Uノ

リボンがあり足跡があるので間違いないようですが・・・

ここにサクラと書かれた岩があり、大沢まで50分と書かれている・・・ごっ!五十分!!???
ふざけるな!!うちはここまで5時間掛かっているんだぞ!!U*`д´*Uノ”ぷんぷん!!

PM16:36 桜沢を渡りきる

そして次の沢へ向かって森の中を歩いている最中。。。

PM17:00 日没

無常にも日は落ちる。。。
- つづく -

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スタートから4時間43分、大沢崩れを渡ってモノレールを辿り、分岐まで登ってきました。
地図だけ見ると既に半分以上消化し、残るは東へ向かってただただテントのある富士宮口五合目を目指すのみ、
富士スバルライン五合目から大沢休泊所まで2時間半だったことを考えると、
お昼前の今からなら日没の17時頃まで5時間以上あり、幾らノロマの飼い主でもwそれだけあれば辿り着けるだろう^^;
手元に広げたこれと同じ地図を見ながら、のんきな飼い主はもう勝った気になって半分浮かれていました。。。

かなり風化した道らしい道を東へ、一路富士宮口五合目方面へと歩き始めますヾU*・ェ・*Uゝ

これが、あっているのかいないのかは来た事が無いので解りませんが、
とにかく東だ!これだけは間違いないのでとにかく東の方向へ進んでいきます。

森の中を進んでいたと思ったら、急に岩肌が立ち塞がったり、若干登り気味に進んでいきます。

疲れ知らずの伝助君は!まだまだ元気一杯で走り回っていましたヾU*・ェ・*Uゝ

道はかなり風化していて、枯れ葉で埋もれたり、朽ち木や倒木が行く手を遮っていたりと、
前半のような、誰かが来て整備しているような気配は全く感じられませんでした。

大木も倒れたら倒れっぱなしノコを使った後など一つも無く、登山道はこのまま埋もれて風化してしまうような感じです。

若干登り気味なので、パパは直ぐ疲れてしまってw伝助はそんな私を座って上から眺めていましたw

時折枝や木に、赤いテープが下がっていたり撒いてあったりして、ここが登山道で間違いない事を教えてくれます。

いま自分が何処にて、どこら辺を歩いているのかは正確には解りませんが、
今はただこういった、僅かな印と東へ向かうという事だけを意識して歩いています。





大沢崩れから、登山道らしい道を若干登るように歩いていくと、

下からうねりを撒いて白いガスが上がってきました。

ガスのうねりの中から大きな沢が怪しげに現れました。

周りはガッツリ溶岩石のゴツゴツした岩肌に囲まれています。

PM12:38 不動沢

大沢崩れの分岐から歩く事55分、不動沢なる岩肌の大きな沢にぶつかりました∑⊂*゜д゜*⊃!!
流れる霧の中から怪しく現れたので不気味な出会いでありましたUA´д`*U。。。

これは・・・でっかい沢だ@@!どっから渡るんだ!?渡れんのか!?降りられるのか!?∑⊂*゜д゜*⊃!!

このデッカイ富士山のデッカイ沢に・・・私と伝助はあまりにも小さすぎる。。。

背後には、今にも崩れ落ちそうな溶岩石の岩盤が聳え立っている。。。

何処から渡るんだ!?下か!?上か!?迂回路は無いのか!?アタフタしていると上の方に赤いテープを発見!

また上か!?また登るのか!?嫌だなぁ~と思いつつも、渡らなければ始まらない!上へ向かっていきます。

頑張って登って行くと、上の方に見た目でなんとか渡って登れそうな感じのところが目に付きました。

行ってみるとペンキで矢印が書いてあった!ここだ!ここから渡ればいいんだ!!ホッw
私はおっかなビックリw岩盤の急斜面を渡っていきます。

伝助は凄いんです!カモシカみたいにピョンピョンと飛んで跳ねて軽々越えていくんです∑⊂*゜д゜*⊃!!

沢の中から下を覗けばこんな感じ∑⊂*゜д゜*⊃!!これは!!転がりだしたらもう止まらないな@@!

伝助は「このオッサンはどうしてこんなに遅いのだろうか?」とでも言いたげにw
私の登りを楽しそう~に首を傾げて見つめています。。。

はぁ・・・沢沿いを登って降りてまた登る。。。大沢崩れよりもこっちの方が遥かに大変だわヽU*´д`*Uノ怖いしhhh

岩に何か印があるから・・・とりあえずここを渡る事で間違いは無いのだろう。

渡りきって振り返ってみれば、まるで岩の滑り台@@!富士山に降り積もった雪が解けて、
ここを雪崩のように崩れて落ちていくのを想像すると怖いものがあります。

よし!不動沢を越えたぞU*`д´*Uノ”ぉぅ!

沢を越えてもその上は岩石の斜面になっています。

PM13:16 天の浮橋

不動沢から岩場を登って行くと直ぐに朽ちた橋にぶつかりました。
あー!これは何度か下調べの時に写真で見たことがある!「天の浮橋」だ!
富士山の御中道が盛んに歩かれていた頃は、この橋を多くの人が渡っていたのでしょうねぇ~
今では朽ち果てて、踏み込んだら三途の川の渡し橋になりそうです(笑)

ここを渡れば近いのかな?でも伝助には無理だし、
壁に矢印が書いてあったので、素直にそちらへ行ってみる事にしました。

聳え立つ岩の壁の間に、人がやっと一人通れるほどの道が続いています。

写真でどこまで伝わるのかは解りませんが、かなり急な斜面で足を踏み外したら下まで転げ落ちそうでした。

実は事前の調べで、御中道経験者のブログや記事に、大沢崩れの渡り方を尋ねた事があったのですが、

「犬になんて渡れない!」「犬には無理だ!」「犬を連れて行くなんてとんでもない!」との返答が・・・ヽU*´д`*Uノ

確かにここもかなりキワドイ崖っぷちです。。。

でも伝助は、私の指示を仰ぐだけではなく、私の歩きを真似するだけでもなく、

ちゃんと自分で行き先を見て、登りやすそうな所を選んで歩いているのでした。

確かに、犬には無理なのかもしれない、手で掴むという事が出来ない犬が岩肌をよじ登ったり出来るはずが無く、
冷静にこれまでの道のりを考えれば、犬がこんなところを歩いているのは非常に可笑しいw

でもそれは犬の話であって、うちのは伝助である(笑)

私よりも遥かに速く、軽々とタンタンと登って行く、もう嘗てのリオ先生を越えましたな^^;

よし!ゴツゴツ岩の斜面をやっと越えられそうだ!






天の浮橋から岩の斜面の狭い道を登りきり、道なのかどうだか解らないようなところをしばらく歩いていましたが、
枝に赤いテープがあったので、恐らくこれで間違いないようでした。

もう風化しすぎて、これが道なんだかどうなのかはハッキリ解りませんヽU*´д`*Uノ

ただ、時折見る赤い印と、こんな何時の時代の物か解らないほど腐敗した道標を頼りに進んでいく事になります。

印はあるけど、倒木や朽ち木が乗っかっていてwそこが道だった事を覆い隠してワケ解らんチンですヽU*´д`*Uノ




PM14:53 昼食

不動沢を越えて、天の浮橋から岩肌の斜面を登り、その後は横歩きになると思いきや・・・
まだまだ上へ登るように道は続いていました。。。いったい何処まで登るのだろうか????
いい加減に登る事に嫌気が差してきた飼い主は時計を見て、もう15時近かったのでここ昼食をする事にしました。
ここでハプニングが発生!道中のお弁当にと、伝助には缶詰1個、私にはおにぎり二個持ってきたつもりでしたが、
伝助の缶詰やジャーキーはあるものの、肝心の自分のおにぎりをリュックに入れ忘れていた模様でw(何時もこれだw)
まぁ~無いものは仕方がないwとりあえず伝助にオヤツを与えて私は我慢するしかありません(笑)
それから水も随分無くなってきてしまっていました。
ここで誤算が発生します。
大沢崩れを渡って登って、分岐から横道へ入って不動沢を越え、天の浮橋の斜面を登り、ここまで約3時間、
随分歩いて進んだ気になった錯覚を起こしてしまったのです∑⊂*゜д゜*⊃!!
水は残り少ないけど、オヤツを食べ終えた伝助も水を欲しがっているし、
今は15時だし、あと2時間もあれば富士宮口五合目には十分辿り着けるだろうし、いいか!飲んじゃうか!!
と・・・残りの水をここで飲み干してしまうのでした∑⊂*゜д゜*⊃!!

伝助の昼食を終えて、はぁ~まだ登りなのかよ~もううんざりヽU*´д`*Uノ

この森を抜ける頃には富士宮口五合目が見えるかな~なんてのんきな考えの飼い主なのでありました。

お!なんだか随分横歩きに近くなってきたぞ~

富士宮口は近いかな~

のんきな飼い主である。。。

森の切れ目、空が見える。どうやら長く続いた森を抜けたようである。
初夏に下見に来た辺りまできたかな??・・・と思いきや@@!

バーーン!! そこには更に深く抉られたデッカイ沢が待ち受けていた∑⊂*゜д゜*⊃!!

え!どうすんだコレ・・・どっから渡るんだ@@!

PM15:20 竹沢

美しい富士の景色とは裏腹に、この沢を見た瞬間、私の背中に危機感が走った@@!
足元は崩れやすい溶岩石の砂流、登るにも降りるにも簡単に崩れ落ちて踏ん張りが利かない、
迂回路は!?あるかのか!?無いのか!?上を見ても下を見ても渡れそうなところが見当たらない・・・印もない・・・

写真でどこまで伝わるか解りませんが、私の背丈を遥かに越えています。

これが岩肌とかなら踏ん張りも利くしよじ登る事も出来るのですが・・・相手が砂ではただ崩れるのみ・・・

上か!?下か!?とにかく目で見て少しでも渡れそうな浅いところを探して上へ登ってみる事にしました。

ここ!ここはどうだ!?微かに段になってる!!

しかし、そこを目指して覚悟を決めて滑り降りてみたものの、上から見るのと実際に近くから見たのでは違いが大きく、
とても上がれるものではなかった・・・そして何処からも上がれず下へ上へ谷底を彷徨う事になる。。。
なんどかトライしてみたものの、上がりきる前に伝助は滑って戻されてしまう。。。
犬には無理って言われたのはこのことだったか@@!犬どころか私も上がれない・・・

何度かトライして、諦めて戻ろうとする伝助に後ろから押しながら「戻るな!行けーーー!!」激を飛ばし!
偶然と運も合わさって、伝助を沢の上へ押し上げる事に成功!!私もリュックを放り投げて、
飛んでバーンと腹ばいになってなんとかよじ登ったヽU*´д`*Uノ

PM15:53 ここを越えるだけで30分以上も時間が掛かってしまった。。。

水は無い・・・大丈夫!きっともう直ぐ富士宮口五合目が見えてくるはずさ・・・

今度の森は凄く短く、渡って歩いて直ぐにまたデッカイ沢が見えてきた。

PM16:08 桜沢

今度の沢は、深くは抉られていないが、砂流と溶岩石の岩盤が交互にかなりの距離で繋がっている。

この大きな沢に、なんとなく人が歩いたような跡が一本続いていた。
今は見えているからいいが、こんなの暗くなって見落としたらもう見付ける事は出来ないだろうな・・・

遠くまで見た感じ、もう森や土の大地は無さそうです。

ここで再び伝助に靴を履かせます。

16時を回って太陽は随分低い位置まで降りてきていました。

広大な砂流の沢を渡り始める。

願わくばまた這い上がれないようなところがありませんように!><。

横歩きで渡っていけていますが、足元が砂なので非常に一歩一歩が重いですヽU*´д`*Uノ

リボンがあり足跡があるので間違いないようですが・・・

ここにサクラと書かれた岩があり、大沢まで50分と書かれている・・・ごっ!五十分!!???
ふざけるな!!うちはここまで5時間掛かっているんだぞ!!U*`д´*Uノ”ぷんぷん!!

PM16:36 桜沢を渡りきる

そして次の沢へ向かって森の中を歩いている最中。。。

PM17:00 日没

無常にも日は落ちる。。。
- つづく -

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Entry ⇒ 2018.11.17 | Category ⇒ 御中道 | Comments (4) | Trackbacks (0)
富士山 御中道への挑戦④ (大沢崩れ越え)
AM9:52 大沢崩れ 見晴台

スタートから2時間52分、日本一の富士山の最大の崖崩れ「大沢崩れ」へ到着しましたヾU*^ェ^*Uゝ
大沢崩れ(おおさわくずれ)とは、富士山の山体の真西面側にある大沢川の大規模な侵食谷のこと。
最大幅500m、深さ150m、頂上の火口直下から標高2,200m付近まで達する。
大沢川は大沢川大橋付近より潤井川と名称変更し、海まで通じている。
大沢崩れは現在も進行しており、落岩の音が絶えない。崩壊が更なる崩壊を呼ぶため、崩壊地は拡大する一方である。大沢崩れの形成の年代は明らかではないが、堆積している古い土石流の中に埋もれていた木片を年代測定した結果、約1,000年前に大規模な土砂移動があったと推定された。現在では1日あたり10トン積みの大型ダンプカー28台分に相当する275tほどの崩壊量がある。大沢崩れ下方には土石流などの崩壊物が堆積し扇状地となっており、防災のための砂防工事が進められている。
富士山には800以上もの放射谷・侵食谷が発達しているといわれるが(放射谷が集まってより大規模な侵食谷になる)、そのなかで大沢崩れが特に崩壊規模が大きいのは、大沢崩れのある西面がもっとも傾斜が急であるからとされる。なお、このような侵食谷の発達は別に異常のものではなく、現在の富士山の地形は地形の輪廻からすると幼年期であり、やがては風雪などによって侵食が進み、開析された山体となっていく運命にある。
- Wiki より -

スタートから2時間52分、日本一の富士山の最大の崖崩れ「大沢崩れ」へ到着しましたヾU*^ェ^*Uゝ
大沢崩れ(おおさわくずれ)とは、富士山の山体の真西面側にある大沢川の大規模な侵食谷のこと。
最大幅500m、深さ150m、頂上の火口直下から標高2,200m付近まで達する。
大沢川は大沢川大橋付近より潤井川と名称変更し、海まで通じている。
大沢崩れは現在も進行しており、落岩の音が絶えない。崩壊が更なる崩壊を呼ぶため、崩壊地は拡大する一方である。大沢崩れの形成の年代は明らかではないが、堆積している古い土石流の中に埋もれていた木片を年代測定した結果、約1,000年前に大規模な土砂移動があったと推定された。現在では1日あたり10トン積みの大型ダンプカー28台分に相当する275tほどの崩壊量がある。大沢崩れ下方には土石流などの崩壊物が堆積し扇状地となっており、防災のための砂防工事が進められている。
富士山には800以上もの放射谷・侵食谷が発達しているといわれるが(放射谷が集まってより大規模な侵食谷になる)、そのなかで大沢崩れが特に崩壊規模が大きいのは、大沢崩れのある西面がもっとも傾斜が急であるからとされる。なお、このような侵食谷の発達は別に異常のものではなく、現在の富士山の地形は地形の輪廻からすると幼年期であり、やがては風雪などによって侵食が進み、開析された山体となっていく運命にある。
- Wiki より -
ここからのコースです。

スタートのスバルライン五合目から御庭の分岐を通って、滑沢~仏石流し~一番沢などを越えて、
大沢休泊所(通称:お助け小屋)の脇の「三柱神社」を参拝し、その横から大沢崩れへとやってきました。
嘗ては、この上に「一ノ瀬」「二ノ瀬」なるところに吊り橋があり、この大沢崩れを渡る事が出来たらしいです@@!
まぁ~私が生まれるずっと以前の話らしいですが、40年代には富士講信者が盛んに往来していたらしいです。
最大幅500M 深さ150Mの吊り橋・・・あったら渡ってみたいものですね!(笑)
現在は、地図の通り下へ迂回し「三ノ瀬」といわれる大沢崩れの一番下を歩いて渡るようですが・・・果たして?
ブログ巡りをしたりして色々調べてみましたが、事細かに書いてる物は無かったので、
後は実際に自分で行って、目で見て歩いて判断するしかありません!
未知なる一歩を踏み出す!

さ~ここまでは過去に何度か訪れた事のある道!ここから先は未知への挑戦の始まりですU*`д´*Uノ”ぉぅ!

ここからで良いのか?悪いのか?降りられるのか?下れるのか?全く解らない冒険へ踏み出します!

道らしいところ、

歩きやすいところ、

左手に大沢崩れを見ながら、

近付きすぎず、放れすぎず、下っていきます。

写真でもハッキリ解るほどの急斜面です。この岩達が何時転がるかと思うとドキドキですヽU*´д`*Uノ

何か工事の建造物が見えます。その横に作業員さんを運ぶモノレールのレールが見えました。

その建造物の上へ乗ってこの写真を撮ってみました@@!こえ~~~ひい~~~

日本一の崖崩れにぶら下がる氷柱です∑⊂*゜д゜*⊃!!

モノレールはずっと下へ続いていました。
どうやら嘗て登山道があった上に、このモノレールが通っているようでした。

大きな踊り場?工事現場?みたいなところが見えてきました。

モノレールが止まっていて、若い作業員さんが二人お仕事をしていました。

作業員さんに道を尋ねると、このモノレールを辿っていけば良いと教えてくれました。
あまり人が来ても驚かれる様子も無く、ただ犬が下りて来たのには流石に驚かれていました。
現在は工事用の渡り橋も撤去されていて、向こう岸にある途切れた橋へ登らなくてはならないらしいのですが、
そこを犬が登れるかな~と心配して下さりました。

うん!とりあえず行ってみて、ダメなものはどうやってもダメなのだから、そしたら諦める!!
そう心に決めて!大沢崩れの底へと向かっていきます。

モノレールはずっと下へと続いていきます。あれに乗せてもらえたら楽だったのにな!^^;
また直ぐに楽をしようと考える飼い主なのでありましたヽU*´д`*Uノ

お!向こう岸に橋が見えるぞ!!あそこから上がれるんだな!!

伝助は、レールの下を潜って行ったり来たりするものだから、頭の天辺と背中に油が付いて汚れてしまっていますw

ん!?どうやら終着点が見えてきました。

AM10:31 大沢崩れの底 三ノ瀬 到着

お助け小屋のあった、大沢崩れの見晴台から下ること約40分、大沢崩れの底 三ノ瀬へ到着しました。
いや~流石は飼い主!下るのは早いです(笑) いや~圧巻だわwなんか富士山じゃないみたい^^;

あのダムみたいなところへヘリコプターでセメントか何かを運んで落としているようでした。

あのダムまでのところを大沢崩れと言うのだろうか?まぁ~二度と来る事はないだろうから良く見ておこうな^^
ここまで降りてきてみて、なんとなく歩いて渡れるだろうという事は解りました。
後は、対岸のあの階段に登れるかどうかです。

こちらは下の方の景色になります。

なんか伝助は凄い得意顔でw目を丸くして壮大な景色を眺めていましたヾU*・ェ・*Uゝ

ここから下を潤井川というのだろうかσU*´д`*U?なんだかこのまま川になって海まで続いているらしいですよ!

こんなところまで来れる犬はそうは居ないだろうから、後で自慢できるかもしれないぞ!生きて帰れればだがw
お前が始めての仔だったら、まだきっと水ヶ塚公園辺りをウロウロしているだけだったのかもしれないw
ルークとリオに感謝だなヾU*・ェ・*Uゝ

この足元の下に、詰所のようなドーム系の洞穴がありました。

何か富士山の浸食を防ぐ為の高山植物の実験をしているようでした。

ん~緊急避難所のようにも見えます。

さ~行こう!いよいよ大沢崩れの底を歩いて対岸へ渡りますヾU*・ェ・*Uゝ

ドキドキ。。。

岩は転がってこないだろうな!?ドキドキ。。。

ちょっと傾斜はあるけど、意外と難無く渡れましたヾU*^ェ^*Uゝ

対岸は、落石防止の為の太いワイヤーネットで覆われていました。

そこへちょこんと乗せてやれば、階段まで難無く登る事ができました。

伝助はこういうの苦手でしたが、私が3歩ほど見本を見せると頑張って登っていきましたヾU*^ェ^*Uゝ

AM10:46 大沢崩れ越え 成功!

最大の難所だと思われていた大沢崩れ、なんと!下り始めてから1時間掛からずに渡って登ってしまった@@!
昼までには渡りたい!と思っていたので、なんだか気持ちに随分ゆとりが出てきました^^

下りも足元はほとんど土でしたし、対岸も登ってしまえば山の土だったので、伝助も靴を履かずに快調でした^^

ホッとしたところで時間にもかなり余裕が見えてきたし、ここで少し休憩していく事にしました。

後はこの対岸のモノレールに沿って登っていけば、どこかで山道にぶつかるはずです^^

登りは遅い飼い主ですが、なんとかレールに沿って登って行きます。

こちらも嘗ては登山道だった上にレールが走っているようです。昔の道だった痕跡が残っています。






いいな~コレw乗って行けたらどんなに楽な事か^^;

AM11:43 山道へ

スタートから4時間43分、対岸へ渡りレール沿いを登ること約1時間、山道へ通じる看板の前へ出ました。
ここから薄っすらと横へ続く山道があり、テープが張ってあったので恐らくこれで間違いないでしょうヾU*^ェ^*Uゝ
おおお!昼までに大沢崩れ越えどころか!その上まで着ちゃったぞ∑⊂*゜д゜*⊃!!凄い!!
距離だけならもう既に半分以上消化していました!!勝った!!順調♪順調♪
と、既に勝った気になっていた飼い主なのでありました。 ←ここ重要
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スタートのスバルライン五合目から御庭の分岐を通って、滑沢~仏石流し~一番沢などを越えて、
大沢休泊所(通称:お助け小屋)の脇の「三柱神社」を参拝し、その横から大沢崩れへとやってきました。
嘗ては、この上に「一ノ瀬」「二ノ瀬」なるところに吊り橋があり、この大沢崩れを渡る事が出来たらしいです@@!
まぁ~私が生まれるずっと以前の話らしいですが、40年代には富士講信者が盛んに往来していたらしいです。
最大幅500M 深さ150Mの吊り橋・・・あったら渡ってみたいものですね!(笑)
現在は、地図の通り下へ迂回し「三ノ瀬」といわれる大沢崩れの一番下を歩いて渡るようですが・・・果たして?
ブログ巡りをしたりして色々調べてみましたが、事細かに書いてる物は無かったので、
後は実際に自分で行って、目で見て歩いて判断するしかありません!
未知なる一歩を踏み出す!

さ~ここまでは過去に何度か訪れた事のある道!ここから先は未知への挑戦の始まりですU*`д´*Uノ”ぉぅ!

ここからで良いのか?悪いのか?降りられるのか?下れるのか?全く解らない冒険へ踏み出します!

道らしいところ、

歩きやすいところ、

左手に大沢崩れを見ながら、

近付きすぎず、放れすぎず、下っていきます。

写真でもハッキリ解るほどの急斜面です。この岩達が何時転がるかと思うとドキドキですヽU*´д`*Uノ

何か工事の建造物が見えます。その横に作業員さんを運ぶモノレールのレールが見えました。

その建造物の上へ乗ってこの写真を撮ってみました@@!こえ~~~ひい~~~

日本一の崖崩れにぶら下がる氷柱です∑⊂*゜д゜*⊃!!

モノレールはずっと下へ続いていました。
どうやら嘗て登山道があった上に、このモノレールが通っているようでした。

大きな踊り場?工事現場?みたいなところが見えてきました。

モノレールが止まっていて、若い作業員さんが二人お仕事をしていました。

作業員さんに道を尋ねると、このモノレールを辿っていけば良いと教えてくれました。
あまり人が来ても驚かれる様子も無く、ただ犬が下りて来たのには流石に驚かれていました。
現在は工事用の渡り橋も撤去されていて、向こう岸にある途切れた橋へ登らなくてはならないらしいのですが、
そこを犬が登れるかな~と心配して下さりました。

うん!とりあえず行ってみて、ダメなものはどうやってもダメなのだから、そしたら諦める!!
そう心に決めて!大沢崩れの底へと向かっていきます。

モノレールはずっと下へと続いていきます。あれに乗せてもらえたら楽だったのにな!^^;
また直ぐに楽をしようと考える飼い主なのでありましたヽU*´д`*Uノ

お!向こう岸に橋が見えるぞ!!あそこから上がれるんだな!!

伝助は、レールの下を潜って行ったり来たりするものだから、頭の天辺と背中に油が付いて汚れてしまっていますw

ん!?どうやら終着点が見えてきました。

AM10:31 大沢崩れの底 三ノ瀬 到着

お助け小屋のあった、大沢崩れの見晴台から下ること約40分、大沢崩れの底 三ノ瀬へ到着しました。
いや~流石は飼い主!下るのは早いです(笑) いや~圧巻だわwなんか富士山じゃないみたい^^;

あのダムみたいなところへヘリコプターでセメントか何かを運んで落としているようでした。

あのダムまでのところを大沢崩れと言うのだろうか?まぁ~二度と来る事はないだろうから良く見ておこうな^^
ここまで降りてきてみて、なんとなく歩いて渡れるだろうという事は解りました。
後は、対岸のあの階段に登れるかどうかです。

こちらは下の方の景色になります。

なんか伝助は凄い得意顔でw目を丸くして壮大な景色を眺めていましたヾU*・ェ・*Uゝ

ここから下を潤井川というのだろうかσU*´д`*U?なんだかこのまま川になって海まで続いているらしいですよ!

こんなところまで来れる犬はそうは居ないだろうから、後で自慢できるかもしれないぞ!生きて帰れればだがw
お前が始めての仔だったら、まだきっと水ヶ塚公園辺りをウロウロしているだけだったのかもしれないw
ルークとリオに感謝だなヾU*・ェ・*Uゝ

この足元の下に、詰所のようなドーム系の洞穴がありました。

何か富士山の浸食を防ぐ為の高山植物の実験をしているようでした。

ん~緊急避難所のようにも見えます。

さ~行こう!いよいよ大沢崩れの底を歩いて対岸へ渡りますヾU*・ェ・*Uゝ

ドキドキ。。。

岩は転がってこないだろうな!?ドキドキ。。。

ちょっと傾斜はあるけど、意外と難無く渡れましたヾU*^ェ^*Uゝ

対岸は、落石防止の為の太いワイヤーネットで覆われていました。

そこへちょこんと乗せてやれば、階段まで難無く登る事ができました。

伝助はこういうの苦手でしたが、私が3歩ほど見本を見せると頑張って登っていきましたヾU*^ェ^*Uゝ

AM10:46 大沢崩れ越え 成功!

最大の難所だと思われていた大沢崩れ、なんと!下り始めてから1時間掛からずに渡って登ってしまった@@!
昼までには渡りたい!と思っていたので、なんだか気持ちに随分ゆとりが出てきました^^

下りも足元はほとんど土でしたし、対岸も登ってしまえば山の土だったので、伝助も靴を履かずに快調でした^^

ホッとしたところで時間にもかなり余裕が見えてきたし、ここで少し休憩していく事にしました。

後はこの対岸のモノレールに沿って登っていけば、どこかで山道にぶつかるはずです^^

登りは遅い飼い主ですが、なんとかレールに沿って登って行きます。

こちらも嘗ては登山道だった上にレールが走っているようです。昔の道だった痕跡が残っています。






いいな~コレw乗って行けたらどんなに楽な事か^^;

AM11:43 山道へ

スタートから4時間43分、対岸へ渡りレール沿いを登ること約1時間、山道へ通じる看板の前へ出ました。
ここから薄っすらと横へ続く山道があり、テープが張ってあったので恐らくこれで間違いないでしょうヾU*^ェ^*Uゝ
おおお!昼までに大沢崩れ越えどころか!その上まで着ちゃったぞ∑⊂*゜д゜*⊃!!凄い!!
距離だけならもう既に半分以上消化していました!!勝った!!順調♪順調♪
と、既に勝った気になっていた飼い主なのでありました。 ←ここ重要
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Entry ⇒ 2018.11.16 | Category ⇒ 御中道 | Comments (0) | Trackbacks (0)
富士山 御中道への挑戦③ (御庭~大沢崩れ)
AM8:00 御庭 大沢崩れ方面への分岐

御中道一周を目指して、富士スバルライン五合目から1時間、御庭にある大沢崩れ方面への分岐へやってきました。
ここから先は2016年以降、沢の浸食や土砂崩れのために通行止めとなっています。(迂回路はあります)
ハイキング気分で歩ける整備されたなだらかな広い道はここまで!!
ここから先は登山靴必修の本格的登山道へと変わっていきますU*`д´*Uノ”ぉぅ!

御中道一周を目指して、富士スバルライン五合目から1時間、御庭にある大沢崩れ方面への分岐へやってきました。
ここから先は2016年以降、沢の浸食や土砂崩れのために通行止めとなっています。(迂回路はあります)
ハイキング気分で歩ける整備されたなだらかな広い道はここまで!!
ここから先は登山靴必修の本格的登山道へと変わっていきますU*`д´*Uノ”ぉぅ!
ここからのコースです。

スタートの富士スバルライン五合目から1時間、予想通りの時間で御庭の御中道大沢崩れ方面への分岐へきました。
ここから進路を広い道から外れて森林の山道へ入って行くことになります。
まずは大沢崩れのある「大沢休泊所」(通称お助け小屋)へ向かう事になります。
初夏に一度下見に来ているので、あのままであれば1時間半ほどで行ける筈です。が・・・はたして?^^;

ゲートを潜って直ぐ左に、広い通りから外れるように森の中へ続く細道があります。
以前は、ここに御中道を示す碑石があったのですが、素人の乱入を防ぐためでしょうか??撤去してあります。
良く見れば土嚢が積んであるので解るのですが、意外と見落として通り過ぎてしまいがちです。

伝助君は、何度か着ていて解っているのでwスタコラサッサと森の山道を登って行きます。

時刻は8時を回っていましたが、こちらは富士山の北側なので日が当たらず。
尚且つ森の中なので更に寒くなっていました。足元は相変わらず霜柱でサクサク音を立てています。







AM8:22 ちょっと休憩

伝助が腰掛けやすいところで伏せていたので、ここで一度休憩をとります。
伝助にはジャーキーのオヤツとそれから給水、そしてゴム靴のチェックですね!

あまりゆっくりはしていられないので食ったら進むぞ!




お!雪だ!降ったのか?山頂辺りから飛んできたのかは解りませんが、
所々に白い塊がちらほらありました。富士山はもう冬の入口まできているようですね!



森の木々が痩せて、ようやくお天道様の日が差してきましたヾU*・ェ・*Uゝ

富士山は崩れています。物凄い勢いで、雪解けの度に土砂が押し流されているようです。



AM8:34 滑沢(なめさわ)到着

御庭の分岐から森を抜けて34分、まずはこのルートで一番大きな沢となる滑沢へぶつかります。
石に大沢崩れまで25分と書いてありますが、これは土砂崩れ以前のスニーカーでも歩けた頃の話で、
侵食が進み、迂回路の増えた現在ではもっと時間が掛かります。

はい!滑沢がガッツリと山道を削って大きな土砂崩れとなっています。

以前はこのまま真っ直ぐ向こうへ歩けたようですが、写真でどれだけ伝わるかは解りませんが、
私の背丈を何メートルも越えていて、とてもじゃありませんが登る事は不可能ですヽU*´д`*Uノ

もちろんでんちゅけにも無理UA´д`*U。。。

迂回路は下に作ってあるので、まずは下へ回り込みます。

ゴロゴロ岩と・・・

ザラザラの砂ばかり・・・歩くほどに「ジャー」と音を立てて崩れていきます。

5分ほど下った所に迂回路がありました。

伝助は心得ているようで、

ちゃんと迂回路を外さず歩いていきます。

体重32キロ、大型犬の伝助が小さく見えます。

如何にこの沢が大きく抉られているのかが良く解りますよね?

こんなの何も無く自力で登る事は出来ませんヽU*´д`*Uノ通行止めの理由が解ります。

先に登った伝助が私の登りを見つめています。

そして、麓を眺めているようです。

さ~越えたぞ~~ここからは沢越えの連続となっていきます。

仏石流し

滑沢を越えて「ホッ」としたのも束の間、5分もしないうちに直ぐに次の沢「仏石流し」へぶつかります。

こちらの沢は、もっときめ細かな溶岩石で滑りやすく、尚且つ谷底は固い岩盤の岩肌が待ち受けています。

こういった迂回路や土嚢の足場は誰が作るのか知りませんが、本当にご苦労な話です。
初夏に来た時よりも踏み固められてしっかりとしたものになっていました。

これは谷底から撮った写真です。

うっかり滑って落っこちて、岩盤の底に頭でも打ち付けたら恐らく助からないでしょう^^;

さ~仏石流しから這い上がりますよ!

ちゃんと丸太で足場の階段が作ってありました。感謝!感謝!ですヾU*・ェ・*Uゝ

そして、迂回して下った分だけ登ります。

えっほ!えっほ!




迂回路を登りきり、本来の山道へ出ましたヾU*・ェ・*Uゝ





AM9:00 一番沢

「仏石流し」から迂回路を越えて約10分、渦を巻くように下へ続く青い岩の谷が見えます。これが「一番沢」です。

一瞬!奈落の底へ吸い込まれそうな気持ちになりますが、流石は百戦錬磨の伝助君!

恐れる事無く!躊躇う事無く下っていきます!ヾU*^ェ^*Uゝ

本来なら、各所の沢にはこういった碑石が建っていたはずなのですが・・・
みんな浸食に飲み込まれて転がってしまったようです・・・これも何時まであるのか解りません^^;

百戦錬磨の伝助君が止まっています∑⊂*゜д゜*⊃!!

日本海の荒波にも恐れる事無く飛び込んで!荒れた岩肌も駆け上る勇者!伝助にも苦手な物があります。。。
こういった人の手で作られた要害・・・丸太橋がその一つです(笑)なぜこれが苦手なのか解らないヽU*´д`*Uノ
まぁ~人間にも得意不得意があるのだから、犬にもあって当たり前wここは私が支えて「よいしょ!」っと渡ります。

大きな沢を渡るよりも大変な丸太橋を越えて安心の伝助^^;

さ~いきますよ~




その先にある丸太橋、始めて来た時は怖がっていましたが、今回は普通に渡れましたヾU*^ェ^*Uゝ
ん~ちょっとずつは苦手を克服しているようであるwでもこれはほぼ平坦だぞ?広いしw



AM9:20 二番沢

「一番沢」から20分、さっきよりは小さいですが、青い岩がゴロゴロ転がる「二番沢」へ到着しました。

ここにも新たな足場が作ってありました。

誰が作るのかは解りませんが、本当に感謝で一杯です。

ここへ来るだけでも大変なのに・・・材料はその辺から切り出すとしても、こんな山の中では大仕事だろうに・・・

大きな沢ではないといっても、はやり迂回路や整備が無ければ上り下りは非常に至難の業です。

中はゴロゴロ岩ばかり・・・

こんなのが崩れて転がっていくのですから・・・恐ろしや恐ろしやヽU*´д`*Uノ

さ~迂回路に感謝して

二番沢を越えるぞU*`д´*Uノ”ぉぅ!

振り返るとこんな感じ∑⊂*゜д゜*⊃!!

沢を越えて山道へ出ると「ホッ」とします。

日光に当たるとポカポカで安堵感があります。

「二番沢」を越えて直ぐに、今度は苔でビッシリ覆われた岩肌へ出ます。
名前は解りませんが、ここまで来れば「大沢崩れ」はもう直ぐです!勝手に「苔沢」と命名。。。



「苔沢」岩肌から沢山の氷柱がぶら下がっています。こちらは富士山の北側で日も当たらないから寒いんだろうな、

後にこの氷柱は宿題に出るので(笑)良く覚えておくようにU*・д・*Uy--~

お!お助け小屋が見えてきましたヾU*・ェ・*Uゝ

AM9:32 大沢休泊所 到着

スタートから2時間32分、御庭の分岐から沢越えを繰り返し歩く事1時間32分、
大沢休泊所(通称、お助け小屋)へ到着しましたヾU*・ェ・*Uゝ

ここにはここでしか見れない、大沢崩れの歴史や資料が沢山貼り出されています。

表向きは通行止めといっても、やはりシーズン中は少なからず人が訪れているのでしょうね!
現在は大沢崩れの工事に関する詰所代りや資材置き場に使われているそうです。

工事の工期や、ヘリコプターによる運搬などの説明の資料なども貼り出されていました。
そういえば御庭の下にはヘリポートがあり、道中はなんども音を立てて飛び交っていましたヾU*・ェ・*Uゝ

三柱神社

大沢休泊所の右手にある「三柱神社」なんでも富士講信者の記録があるのだとか、今は常時閉鎖されています。
ここで参拝をしてから大沢崩れ渡るのが習いなのだとか、私と伝助もそれに習って参拝する事にしました。

左の碑石のところにお賽銭用の缶があり、私達もパパ500円、伝助100円、のお賽銭を入れて、
大沢崩れ越えの安全を祈願しましたヾU*・ェ・*Uゝ

さ~いくぞ!まずは大沢崩れだ!U*`д´*Uノ”ぉぅ!

神社の右側から大沢崩れへと下る山道があり(けっこう急である)

ここをタンタンと下って行くと・・・


AM9:52 大沢崩れ 到着

日本一の富士山の崖崩れ「大沢崩れ」到着ヾU*・ェ・*Uゝ

何度か訪れてはいますが、こんな晴天の綺麗に晴れ渡った大沢崩れは初めてだったではないでしょうか?

それはあまりにも巨大すぎる日本一の土砂崩れであった@@!

こんなの渡れるのだろうか?降りられるのだろうか?登れるのだろうか??
ここから先は未知への領域、果たして!?私と伝助は大沢崩れを越えられるのだろうか!?・・・
- つづく -

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スタートの富士スバルライン五合目から1時間、予想通りの時間で御庭の御中道大沢崩れ方面への分岐へきました。
ここから進路を広い道から外れて森林の山道へ入って行くことになります。
まずは大沢崩れのある「大沢休泊所」(通称お助け小屋)へ向かう事になります。
初夏に一度下見に来ているので、あのままであれば1時間半ほどで行ける筈です。が・・・はたして?^^;

ゲートを潜って直ぐ左に、広い通りから外れるように森の中へ続く細道があります。
以前は、ここに御中道を示す碑石があったのですが、素人の乱入を防ぐためでしょうか??撤去してあります。
良く見れば土嚢が積んであるので解るのですが、意外と見落として通り過ぎてしまいがちです。

伝助君は、何度か着ていて解っているのでwスタコラサッサと森の山道を登って行きます。

時刻は8時を回っていましたが、こちらは富士山の北側なので日が当たらず。
尚且つ森の中なので更に寒くなっていました。足元は相変わらず霜柱でサクサク音を立てています。







AM8:22 ちょっと休憩

伝助が腰掛けやすいところで伏せていたので、ここで一度休憩をとります。
伝助にはジャーキーのオヤツとそれから給水、そしてゴム靴のチェックですね!

あまりゆっくりはしていられないので食ったら進むぞ!




お!雪だ!降ったのか?山頂辺りから飛んできたのかは解りませんが、
所々に白い塊がちらほらありました。富士山はもう冬の入口まできているようですね!



森の木々が痩せて、ようやくお天道様の日が差してきましたヾU*・ェ・*Uゝ

富士山は崩れています。物凄い勢いで、雪解けの度に土砂が押し流されているようです。



AM8:34 滑沢(なめさわ)到着

御庭の分岐から森を抜けて34分、まずはこのルートで一番大きな沢となる滑沢へぶつかります。
石に大沢崩れまで25分と書いてありますが、これは土砂崩れ以前のスニーカーでも歩けた頃の話で、
侵食が進み、迂回路の増えた現在ではもっと時間が掛かります。

はい!滑沢がガッツリと山道を削って大きな土砂崩れとなっています。

以前はこのまま真っ直ぐ向こうへ歩けたようですが、写真でどれだけ伝わるかは解りませんが、
私の背丈を何メートルも越えていて、とてもじゃありませんが登る事は不可能ですヽU*´д`*Uノ

もちろんでんちゅけにも無理UA´д`*U。。。

迂回路は下に作ってあるので、まずは下へ回り込みます。

ゴロゴロ岩と・・・

ザラザラの砂ばかり・・・歩くほどに「ジャー」と音を立てて崩れていきます。

5分ほど下った所に迂回路がありました。

伝助は心得ているようで、

ちゃんと迂回路を外さず歩いていきます。

体重32キロ、大型犬の伝助が小さく見えます。

如何にこの沢が大きく抉られているのかが良く解りますよね?

こんなの何も無く自力で登る事は出来ませんヽU*´д`*Uノ通行止めの理由が解ります。

先に登った伝助が私の登りを見つめています。

そして、麓を眺めているようです。

さ~越えたぞ~~ここからは沢越えの連続となっていきます。

仏石流し

滑沢を越えて「ホッ」としたのも束の間、5分もしないうちに直ぐに次の沢「仏石流し」へぶつかります。

こちらの沢は、もっときめ細かな溶岩石で滑りやすく、尚且つ谷底は固い岩盤の岩肌が待ち受けています。

こういった迂回路や土嚢の足場は誰が作るのか知りませんが、本当にご苦労な話です。
初夏に来た時よりも踏み固められてしっかりとしたものになっていました。

これは谷底から撮った写真です。

うっかり滑って落っこちて、岩盤の底に頭でも打ち付けたら恐らく助からないでしょう^^;

さ~仏石流しから這い上がりますよ!

ちゃんと丸太で足場の階段が作ってありました。感謝!感謝!ですヾU*・ェ・*Uゝ

そして、迂回して下った分だけ登ります。

えっほ!えっほ!




迂回路を登りきり、本来の山道へ出ましたヾU*・ェ・*Uゝ





AM9:00 一番沢

「仏石流し」から迂回路を越えて約10分、渦を巻くように下へ続く青い岩の谷が見えます。これが「一番沢」です。

一瞬!奈落の底へ吸い込まれそうな気持ちになりますが、流石は百戦錬磨の伝助君!

恐れる事無く!躊躇う事無く下っていきます!ヾU*^ェ^*Uゝ

本来なら、各所の沢にはこういった碑石が建っていたはずなのですが・・・
みんな浸食に飲み込まれて転がってしまったようです・・・これも何時まであるのか解りません^^;

百戦錬磨の伝助君が止まっています∑⊂*゜д゜*⊃!!

日本海の荒波にも恐れる事無く飛び込んで!荒れた岩肌も駆け上る勇者!伝助にも苦手な物があります。。。
こういった人の手で作られた要害・・・丸太橋がその一つです(笑)なぜこれが苦手なのか解らないヽU*´д`*Uノ
まぁ~人間にも得意不得意があるのだから、犬にもあって当たり前wここは私が支えて「よいしょ!」っと渡ります。

大きな沢を渡るよりも大変な丸太橋を越えて安心の伝助^^;

さ~いきますよ~




その先にある丸太橋、始めて来た時は怖がっていましたが、今回は普通に渡れましたヾU*^ェ^*Uゝ
ん~ちょっとずつは苦手を克服しているようであるwでもこれはほぼ平坦だぞ?広いしw



AM9:20 二番沢

「一番沢」から20分、さっきよりは小さいですが、青い岩がゴロゴロ転がる「二番沢」へ到着しました。

ここにも新たな足場が作ってありました。

誰が作るのかは解りませんが、本当に感謝で一杯です。

ここへ来るだけでも大変なのに・・・材料はその辺から切り出すとしても、こんな山の中では大仕事だろうに・・・

大きな沢ではないといっても、はやり迂回路や整備が無ければ上り下りは非常に至難の業です。

中はゴロゴロ岩ばかり・・・

こんなのが崩れて転がっていくのですから・・・恐ろしや恐ろしやヽU*´д`*Uノ

さ~迂回路に感謝して

二番沢を越えるぞU*`д´*Uノ”ぉぅ!

振り返るとこんな感じ∑⊂*゜д゜*⊃!!

沢を越えて山道へ出ると「ホッ」とします。

日光に当たるとポカポカで安堵感があります。

「二番沢」を越えて直ぐに、今度は苔でビッシリ覆われた岩肌へ出ます。
名前は解りませんが、ここまで来れば「大沢崩れ」はもう直ぐです!勝手に「苔沢」と命名。。。



「苔沢」岩肌から沢山の氷柱がぶら下がっています。こちらは富士山の北側で日も当たらないから寒いんだろうな、

後にこの氷柱は宿題に出るので(笑)良く覚えておくようにU*・д・*Uy--~

お!お助け小屋が見えてきましたヾU*・ェ・*Uゝ

AM9:32 大沢休泊所 到着

スタートから2時間32分、御庭の分岐から沢越えを繰り返し歩く事1時間32分、
大沢休泊所(通称、お助け小屋)へ到着しましたヾU*・ェ・*Uゝ

ここにはここでしか見れない、大沢崩れの歴史や資料が沢山貼り出されています。

表向きは通行止めといっても、やはりシーズン中は少なからず人が訪れているのでしょうね!
現在は大沢崩れの工事に関する詰所代りや資材置き場に使われているそうです。

工事の工期や、ヘリコプターによる運搬などの説明の資料なども貼り出されていました。
そういえば御庭の下にはヘリポートがあり、道中はなんども音を立てて飛び交っていましたヾU*・ェ・*Uゝ

三柱神社

大沢休泊所の右手にある「三柱神社」なんでも富士講信者の記録があるのだとか、今は常時閉鎖されています。
ここで参拝をしてから大沢崩れ渡るのが習いなのだとか、私と伝助もそれに習って参拝する事にしました。

左の碑石のところにお賽銭用の缶があり、私達もパパ500円、伝助100円、のお賽銭を入れて、
大沢崩れ越えの安全を祈願しましたヾU*・ェ・*Uゝ

さ~いくぞ!まずは大沢崩れだ!U*`д´*Uノ”ぉぅ!

神社の右側から大沢崩れへと下る山道があり(けっこう急である)

ここをタンタンと下って行くと・・・


AM9:52 大沢崩れ 到着

日本一の富士山の崖崩れ「大沢崩れ」到着ヾU*・ェ・*Uゝ

何度か訪れてはいますが、こんな晴天の綺麗に晴れ渡った大沢崩れは初めてだったではないでしょうか?

それはあまりにも巨大すぎる日本一の土砂崩れであった@@!

こんなの渡れるのだろうか?降りられるのだろうか?登れるのだろうか??
ここから先は未知への領域、果たして!?私と伝助は大沢崩れを越えられるのだろうか!?・・・
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Entry ⇒ 2018.11.13 | Category ⇒ 御中道 | Comments (4) | Trackbacks (0)
富士山 御中道への挑戦② (富士スバルライン五合目~御庭)
11月2日 富士スバルライン

深夜から早朝に富士宮口五合目にテントを設置し、荷物や水や食料と寝具などを放り込んで、
そのままスタートの富士スバルライン五合目へと車で移動します。
空は随分と明るくなり、秋の色に染まった森の木々が、頭の白くなった富士山を綺麗に照らし出していました。
少しでも時間を有効に使うために、料金所のところで一度車を止めて、伝助のフードをふやかしながら登っています。

深夜から早朝に富士宮口五合目にテントを設置し、荷物や水や食料と寝具などを放り込んで、
そのままスタートの富士スバルライン五合目へと車で移動します。
空は随分と明るくなり、秋の色に染まった森の木々が、頭の白くなった富士山を綺麗に照らし出していました。
少しでも時間を有効に使うために、料金所のところで一度車を止めて、伝助のフードをふやかしながら登っています。
AM6:36 富士スバルライン五合目到着

五合目へ到着して、直ぐにふやかしたフードを伝助に与えて朝食です^^
ちょっと誤算だったのは、富士宮口五合目からスバルライン五合目までは距離で70キロもあり、
1時間くらいで行けるかな~と思っていたのが2時間も掛かってしまった事でした。
スタートを6時と定めていたのですが、修正して7時スタートにする事に決めました。
富士山大社小御嶽神社

食事を終えて準備を整えて、登山の無事を祈願しに小御嶽神社へやってきました。
ここでお参りをしてから始めるのが習いらしいです^^;

天気は快晴!真っ青な空に富士山がポッカリと綺麗に見えていました^^
明日の夕方、私と伝助はこの反対側からここへ戻ってくる!!さ~いくぞ!U*`д´*Uノ”おぅ!
AM7:00 御中道への挑戦のはじまり

階段を登って御中道入口へと進みます。

時刻は7時ジャスト!解りやすいし計りやすい!さ~いくぞU*`д´*Uノ”ぉぅ!
本日のコース

最後まで右回りか左回りか考えましたが、反時計周りに行くのが本来の御中道のありようなのだとか・・・
そこで私達もそれに習って今回は反時計回りで行く事に決めました。
最大の難関であろう大沢崩れを越えられるのかも解らないし、もしダメなら引き返す事もありえると考えての事でした。
それに地図を見ても、左回りの方がどう見ても距離もあるし難所も多そうだったからです。
気力体力の充実した前半に大変な方をクリアした方が良いとの考えからです^^;

GO!と言って放すと伝助は駆け出していきました。
ここ一ヶ月、富士山へは来ていたものの、テントを張る場所探しや下見だけで帰っていたのでw
フラストレーションはかなり溜まっていたものと思われます(笑)

また何時ものように、ダー!と走っては、ダー!と戻ってくるを繰り返していました^^;

こちらは富士山の北側なので、日の低くなった今日では、7時を過ぎても山道に光が当たりません、
物凄く寒いのでしょうね、足元は霜柱でサクサク音を立てています。

ここから御庭までの区間は、山道も良く整備されていて石畳などもあり、比較的平坦に歩く事ができます。

本当は6時スタートを考えていたのですが、思ったより移動に時間が掛かり7時スタートとなってしまいましたが、
御中道一周でだいたい11時間から13時間掛かるそうですから、私の実力では16時間掛かると考えても、
幾ら私でも暗くなる17時までには10時間もあるのですから、富士宮のテントまでなら余裕で辿り着けるだろうと、
この時は考えていました。

10月の不安定だった天候が嘘のように今日は晴れ渡りました。
今日は11月2日、何の日でしょうか? 今日は故ルークの命日であります。あれから・・・8年も経つのだなぁ
あの時も今年みたいな異常気象で、ずっと長雨が続いていてスッキリしない日々だった。
そして、雲一つ無い澄み渡った秋の空に、お前は煙になってぼんやりと溶け込んでいった・・・

ここへ来たのもお前が一番最初だった。あれからずっとリオから伝助へと引き継いで、お前の足跡を繋いでいるぞ!

だんだん富士山の陰が短くなって、麓の景色が綺麗に見えてきました。

伝助も今年の年末で7歳になり、シニアの入口へと入ります。

いま丁度人間の年齢に換算すると私と同じくらいになるのです。

早いものだな~来年には私を追い抜いていってしまうのだから、

元気で勢いのある伝助と、勢いの無い飼い主と、足並みを揃えたオッサン二人が御中道制覇へと挑んでいます。






AM7:31 ベンチにて伝助に靴を履かせる

スバルライン五合目から約30分、
2年前だったか?以前ここへ来た時には大きな岩が直撃して潰れていた机がw復旧してありました^^
この辺りから足元の溶岩石の粒が大きくなり始めたので、伝助に靴を履かせることにしました。

伝助にとって靴を履くという事は、今日の登山は長丁場になると解るようで、更に尻尾高々歩いていきますw

私の方は、御中道制覇の為に5キロのダイエットをしてきましたw

最近、霧ヶ峰などの高原を歩いただけで、膝が随分と痛くなってしまう事があったので、

実は、春先から柿ピーに嵌ってしまいw車の移動中にずっとパリポリと食べていたのですがw

夏の尾白川などの人が撮った自分の写真を観て・・・急激に太ってお腹がかなりやばくなってきていたので(汗)

9月に入ってから柿ピーや車で移動中の間食をやめたのでありましたヽU*´д`*Uノ

もともと私は間食もせず、甘い物も全く食べない人なので、直ぐに効果は現れお腹は凹みました^^;

霧ヶ峰の時はあまり実感がありませんでしたが、今日は荷物を背負っても膝に痛みが走らず良い感じです^^


ん~良い景色なんだけどね~こちらは富士山の北側なので、中々日差しが届きませんね^^;

何度位なんだろうか?とにかく動いていないと物凄く寒いです。おっ!何か見えてきましたよ、

AM7:45 寄生火山 休憩所 通過

道中にある寄生火山の休憩所に到着しました。

ここにはルークやリオも来た事があり確かテーブルの上に乗っている写真を掲載したら怒られた経緯があったような^^;
あの頃は御中道の意味も知らず、ただ五合目へ行ってみたくて連れてきたんだっけ?
車に財布を忘れて水も買えずw残り雪で団子を作って喉を潤した経験があります(笑)
あの時はあれだけで十分楽しかったな~富士山の何処を振り返ってもお前達との思い出ばかり^^

さ~その足跡を引き継いだ伝助が進んでいきますよ~

石畳が並び小さな木々が増えてきました。この辺りから「御庭」といわれるミニチュア植物園みたいになります。

富士山の浸食は物凄い早さで進んでいるので、雪解け度に流されてしまった部分も多いようです。

あれれ?ここも様子が変わってる@@!

二年ほど前までは、ここに傾いた廃屋がまだ建っていたのですが、今は完全に撤去されてしまっていました。

やはり、何時までも変わらない物なんてないんだな~命にも限りがあるように物にも寿命がある。

まぁ~ここの五合目から御庭までの道のりは平坦で綺麗に整備もされているのでスニーカーでも来れます^^

この大沢崩れの分岐みたいな看板は意味はありません、だって直ぐ裏で繋がっているんだから^^;

スニーカーでも歩けるスバルライン五合目から御庭のコース。この下には「奥庭自然公園」などがあり、
富士山の魅力と景色を満喫できる場所が多々あります^^

もしも来る事があれば、ここまで足を運んでみてはいかがでしょうか?^^

AM8:00 御中道 大沢崩れ方面への分岐

スタートからハイキングのような山道を歩いて1時間!予想通りピッタンコで到着しました。
この道を塞ぐような岩の直ぐ左手に、大沢崩れへと向かう分岐があります。
素で歩けるのはここまで!ここからは本格的登山道と荒れた沢越えになっていきます。
- つづく -

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五合目へ到着して、直ぐにふやかしたフードを伝助に与えて朝食です^^
ちょっと誤算だったのは、富士宮口五合目からスバルライン五合目までは距離で70キロもあり、
1時間くらいで行けるかな~と思っていたのが2時間も掛かってしまった事でした。
スタートを6時と定めていたのですが、修正して7時スタートにする事に決めました。
富士山大社小御嶽神社

食事を終えて準備を整えて、登山の無事を祈願しに小御嶽神社へやってきました。
ここでお参りをしてから始めるのが習いらしいです^^;

天気は快晴!真っ青な空に富士山がポッカリと綺麗に見えていました^^
明日の夕方、私と伝助はこの反対側からここへ戻ってくる!!さ~いくぞ!U*`д´*Uノ”おぅ!
AM7:00 御中道への挑戦のはじまり

階段を登って御中道入口へと進みます。

時刻は7時ジャスト!解りやすいし計りやすい!さ~いくぞU*`д´*Uノ”ぉぅ!
本日のコース

最後まで右回りか左回りか考えましたが、反時計周りに行くのが本来の御中道のありようなのだとか・・・
そこで私達もそれに習って今回は反時計回りで行く事に決めました。
最大の難関であろう大沢崩れを越えられるのかも解らないし、もしダメなら引き返す事もありえると考えての事でした。
それに地図を見ても、左回りの方がどう見ても距離もあるし難所も多そうだったからです。
気力体力の充実した前半に大変な方をクリアした方が良いとの考えからです^^;

GO!と言って放すと伝助は駆け出していきました。
ここ一ヶ月、富士山へは来ていたものの、テントを張る場所探しや下見だけで帰っていたのでw
フラストレーションはかなり溜まっていたものと思われます(笑)

また何時ものように、ダー!と走っては、ダー!と戻ってくるを繰り返していました^^;

こちらは富士山の北側なので、日の低くなった今日では、7時を過ぎても山道に光が当たりません、
物凄く寒いのでしょうね、足元は霜柱でサクサク音を立てています。

ここから御庭までの区間は、山道も良く整備されていて石畳などもあり、比較的平坦に歩く事ができます。

本当は6時スタートを考えていたのですが、思ったより移動に時間が掛かり7時スタートとなってしまいましたが、
御中道一周でだいたい11時間から13時間掛かるそうですから、私の実力では16時間掛かると考えても、
幾ら私でも暗くなる17時までには10時間もあるのですから、富士宮のテントまでなら余裕で辿り着けるだろうと、
この時は考えていました。

10月の不安定だった天候が嘘のように今日は晴れ渡りました。
今日は11月2日、何の日でしょうか? 今日は故ルークの命日であります。あれから・・・8年も経つのだなぁ
あの時も今年みたいな異常気象で、ずっと長雨が続いていてスッキリしない日々だった。
そして、雲一つ無い澄み渡った秋の空に、お前は煙になってぼんやりと溶け込んでいった・・・

ここへ来たのもお前が一番最初だった。あれからずっとリオから伝助へと引き継いで、お前の足跡を繋いでいるぞ!

だんだん富士山の陰が短くなって、麓の景色が綺麗に見えてきました。

伝助も今年の年末で7歳になり、シニアの入口へと入ります。

いま丁度人間の年齢に換算すると私と同じくらいになるのです。

早いものだな~来年には私を追い抜いていってしまうのだから、

元気で勢いのある伝助と、勢いの無い飼い主と、足並みを揃えたオッサン二人が御中道制覇へと挑んでいます。






AM7:31 ベンチにて伝助に靴を履かせる

スバルライン五合目から約30分、
2年前だったか?以前ここへ来た時には大きな岩が直撃して潰れていた机がw復旧してありました^^
この辺りから足元の溶岩石の粒が大きくなり始めたので、伝助に靴を履かせることにしました。

伝助にとって靴を履くという事は、今日の登山は長丁場になると解るようで、更に尻尾高々歩いていきますw

私の方は、御中道制覇の為に5キロのダイエットをしてきましたw

最近、霧ヶ峰などの高原を歩いただけで、膝が随分と痛くなってしまう事があったので、

実は、春先から柿ピーに嵌ってしまいw車の移動中にずっとパリポリと食べていたのですがw

夏の尾白川などの人が撮った自分の写真を観て・・・急激に太ってお腹がかなりやばくなってきていたので(汗)

9月に入ってから柿ピーや車で移動中の間食をやめたのでありましたヽU*´д`*Uノ

もともと私は間食もせず、甘い物も全く食べない人なので、直ぐに効果は現れお腹は凹みました^^;

霧ヶ峰の時はあまり実感がありませんでしたが、今日は荷物を背負っても膝に痛みが走らず良い感じです^^


ん~良い景色なんだけどね~こちらは富士山の北側なので、中々日差しが届きませんね^^;

何度位なんだろうか?とにかく動いていないと物凄く寒いです。おっ!何か見えてきましたよ、

AM7:45 寄生火山 休憩所 通過

道中にある寄生火山の休憩所に到着しました。

ここにはルークやリオも来た事があり確かテーブルの上に乗っている写真を掲載したら怒られた経緯があったような^^;
あの頃は御中道の意味も知らず、ただ五合目へ行ってみたくて連れてきたんだっけ?
車に財布を忘れて水も買えずw残り雪で団子を作って喉を潤した経験があります(笑)
あの時はあれだけで十分楽しかったな~富士山の何処を振り返ってもお前達との思い出ばかり^^

さ~その足跡を引き継いだ伝助が進んでいきますよ~

石畳が並び小さな木々が増えてきました。この辺りから「御庭」といわれるミニチュア植物園みたいになります。

富士山の浸食は物凄い早さで進んでいるので、雪解け度に流されてしまった部分も多いようです。

あれれ?ここも様子が変わってる@@!

二年ほど前までは、ここに傾いた廃屋がまだ建っていたのですが、今は完全に撤去されてしまっていました。

やはり、何時までも変わらない物なんてないんだな~命にも限りがあるように物にも寿命がある。

まぁ~ここの五合目から御庭までの道のりは平坦で綺麗に整備もされているのでスニーカーでも来れます^^

この大沢崩れの分岐みたいな看板は意味はありません、だって直ぐ裏で繋がっているんだから^^;

スニーカーでも歩けるスバルライン五合目から御庭のコース。この下には「奥庭自然公園」などがあり、
富士山の魅力と景色を満喫できる場所が多々あります^^

もしも来る事があれば、ここまで足を運んでみてはいかがでしょうか?^^

AM8:00 御中道 大沢崩れ方面への分岐

スタートからハイキングのような山道を歩いて1時間!予想通りピッタンコで到着しました。
この道を塞ぐような岩の直ぐ左手に、大沢崩れへと向かう分岐があります。
素で歩けるのはここまで!ここからは本格的登山道と荒れた沢越えになっていきます。
- つづく -

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Entry ⇒ 2018.11.11 | Category ⇒ 御中道 | Comments (2) | Trackbacks (0)
富士山 御中道への挑戦 (作戦~準備)
富士山 御中道への挑戦!

久しぶりの更新となりますヾU*・ェ・*Uゝ
何もしていなかったわけではなく、実は人知れずずっと戦っていました。
始めての富士山から12年、去年までに私と伝助は3度の富士山頂の登頂と4大登山道の制覇を成し遂げました。
12年前の戌年から始まった富士登山、大きな節目となるこの年に、なんとしても御中道制覇を成し遂げたい!
その思いを胸に、ずっとずっと以前から下準備と作戦を整えてきたのでした。

久しぶりの更新となりますヾU*・ェ・*Uゝ
何もしていなかったわけではなく、実は人知れずずっと戦っていました。
始めての富士山から12年、去年までに私と伝助は3度の富士山頂の登頂と4大登山道の制覇を成し遂げました。
12年前の戌年から始まった富士登山、大きな節目となるこの年に、なんとしても御中道制覇を成し遂げたい!
その思いを胸に、ずっとずっと以前から下準備と作戦を整えてきたのでした。
御中道とは?

御中道(おちゅうどう)とは、富士山の標高2300Mから2800M付近の山腹を一周するルートの事で、
富士講信者における修行として利用された道である。反時計回りに一周しその距離は25kmである。
役行者が始めた「御中道巡り」が始まりと伝わり、16世紀後半には角行が行ったという記録が残る。
現在は山道の浸食と事故などから廃止された部分が多々あり、通行不可(立ち入り禁止)になった。
富士講信者における修行の道としては、3回以上の富士山登頂の経験と誓約書がないと、
通る許可が下りない程であったという。(略)
他にも、富士山を3回登頂すること以上の難行なんだとか・・・調べると色々と解ってきました。
以前から知っていた訳ではなく、富士山へ通うようになり、二度目の登頂を達成したあたりで薄っすらと見えてきました。
もしも3度目の登頂を成し遂げる事が出来たのなら、調べて少しずつ行ってみようと思うようになりました。
そして去年、三度目の登頂は成し遂げられた。私と伝助は挑戦権を得た(勝手にw)
現在解っている部分

過去の登山経験からそして今年初夏の下見などから、青い線の部分は歩いてきたので随分と全貌が見えてきました。
ただ事前の調べで、経験者のブログや記事を覗くと、一周するのに11時間から13時間掛かっているので、
私の実力では、下見などで歩いてみて大まかに計算してみると16時間は掛かりそうである。
本来は経験者などの先導の下、一番日の長い時期に行うのが最良らしいので、
随分と日の短くなってしまった今時期では、到底一日で達成する事は不可能となってしまいました。
しかし、始めての富士山から12年!どうしても今年達成させたい私は考えました。
一日で無理なら途中で一泊する方法は無いかと・・・
テント作戦
![JhvPn6UGxel3xsv1541839831_1541840036[1]](https://blog-imgs-123-origin.fc2.com/l/u/k/lukerio0918/20181110191113cb5s.jpg)
一周25キロもある御中道を、私一人だけでも歩くのも大変なのに、
そこへ伝助と二人分の水と寝具を背負って行く事は到底不可能です。 (登頂でもせいぜい往復7キロ前後)
幸い通過する富士スバルライン五合目と、富士宮口五合目、対面にあるこの二つの五合目には自動販売機があり、
常時使えるちゃんとした設備のトイレがあり、これを上手く利用できないかとまずは考えました。
しかし、犬を泊めてくれるホテルは無いしw野宿するにも寒いし食料と水の補給は欠かせません、車が二台あれば・・・
この辺りでふと、以前富士宮口五合目に小さなテントが立っていたのを見た事を思い出し、
そうだ!事前にどちらかの五合目にテントを設置して、そこに寝具や食料と水などを事前に入れて補給すれば!!
と考えたのでしたヾU*^ェ^*Uゝ
色々と買い揃えても予算は3万円までと決めていた私は(笑)
スタートを富士スバルライン五合目と定め、事前に深夜のうちに富士宮口五合目にテントを設置する事に決めました。
あとは、右回りか?左回りか?ですが、それは当日の状況によって決める事にしました。
10月5日 テント設置の練習

不可能と思われていた御中道制覇に明るい兆しが見えてきましたヾU*^ェ^*Uゝ
ネットで頼んだテントが届いたので、今日は何時も朝のボール遊びの広場で早速テントの設置の練習をしました。
「初めてでも2分で出来る簡単テント」の見出しで二人用の折り畳みテントです^^

2分とありましたが、拡げてみるとパッ!と広がり、僅か数秒で超簡単に出来てしまいました∑⊂*゜д゜*⊃!!
畳むのも簡単で、まるで折り畳み傘の様でしたヾU*^ェ^*Uゝ
よし!これならOKだ!!パッと行ってパッと広げてパッと設置できる!!
これに家にあるカーペットを敷いて居心地を良くすれば、一泊くらい快適に過ごせそうです^^
10月6日 富士山 水ヶ塚公園~富士宮口五合目

翌6日、今度はそのテントの設置場所を探しに富士山へやってきました。
テント以外にも、ガスボンベのコンロや寝具など色々買い揃え、当日の予行練習も兼ねてです。
まずは水ヶ塚公園へ立ち寄り、ガスでお湯を沸かして伝助のフードをふやかしてみました。
夜の富士山でテント泊は物凄く寒いでしょうから、お湯を沸かしてコーヒーなりカップラーメンを作るにも必要です。

風にも負けず、しっかりとお湯を沸かす事が出来ましたヾU*・ェ・*Uゝ

今年は本当に異常気象で、今日は小雨が振っていました。

ここでフードがふやけるのをジッと待っているのももったいないのでw
朝の散歩も予ねて、ルークとリオの眠る腰切塚展望台へ登ってみることにしました。

麓は雨が降っていなかったんですけどね、富士山は雲に霧にすっぽりと覆われていました。

展望台まで来たけどねw何にも見えませんヽU*´д`*Uノ

降りてきた頃、ちょうどフードもふやけていたので伝助はここで朝食です^^
AM8:42 富士宮口五合目

伝助に朝食を与え、テントの設置場所を探しに富士宮口五合目へ移動して来ました。

まずは宝永山周遊コースの方へ入り、以前テントが張ってあったのを見掛けた辺りへ行って見ました。
しかし、ここは一人用のテントが入る位のスペースしかなく、我が家のテントを張るのは難しいようでした。

とにかく、車でパッと来て、パッと運んで、パッと拡げられ、パッと荷物を運べる場所だ。

伝助は完全に山遊び気分♪私がウロウロしている間に行ったり来たりヽU*´д`*Uノ

ん~奥へ行き過ぎるのは良くないなぁ・・・尚且つ目立ちすぎず目立たなすぎず平らな場所を探すのだ。

ちょっとしたスペースを足で均してみたりしましたが、下が砂地なので直ぐに崩れて安定しない・・・
土台が安定しないと、幾ら荷物を放り込んでも富士山の突風で飛ばされてしまいそうで不安でした。
ここへ辿り着く頃には、物凄く疲れているでしょうから・・・辿り着いた時にテントが吹き飛んでいた!!
なんてことは避けたい・・・
更なるテント設置場所を求めて・・・

宝永山周遊コースの方には理想的なテントの設置場所を見付ける事が適いませんでした。
そこでもう一度冷静に富士宮口五合目を車で徘徊しながら、テントの設置できそうな場所を探してみました。
すると!おっ!?なんだこの脇道は!?σU*´д`*U?
大型バスの停留所の脇になんだか通路があるのを見付けました@@!

脇道を進んで行くと・・・

何か?嘗ては建物があったような場所に突き当たりました。

しっかりとした道路の石垣の下に、建物の基礎だけが残っている・・・!ここだ!!∑⊂*゜д゜*⊃!!

おお!ここいいじゃないか!!目立ち過ぎず目立たなすぎず!尚且つ人工物やトイレも近いし下はベタ基礎!w

よし!ここに決めた!!当日はここへテントを設置する!!こうしてテントの設置場所は無事に決ったのでありました^^
10月11日 決行の日 PM22:19 富士宮口五合目

富士山を3回登る事以上の難行といわれる御中道、
その身体に掛かる負担はどれほどなのか!?とても計り知れないので、何時もなら弾丸や日帰りでやってきましたが、
今回ばかりは有給休暇や普段休みとあわせて5連休大成で望む事にしました。
10月の9・10・11日の有給と、12・13日の休日をあわせて計5日、
5日もあれば何処かで良い天候に当たるだろうと思っていましたが・・今年の異常気象がそうはさせてくれませんでした。
テントの設置の為に富士宮口五合目へ来てみれば・・・深い霧に横殴りの雨・・・そして車が揺らぐほどの突風でした;;
AM7:10 断念・・・

朝まで待ってみましたが、結局雨風が収まる気配が無い・・・
予定ならとっくにテントを張って富士スバルライン五合目へ移動して、6時にはスタートしていたかったのですが・・・
今から移動しても遅いでしょうし、日中は一時的に晴れるようでしたが、明日後日はまた荒れるようでした。
悔しいけれど・・・今回は勇気を出して中止にする事に決めました。
せっかく富士山まで足を運んで・・・何も出来ず何もせずただ帰るだけの伝助・・・本当に無念であったヽU*´д`*Uノ
本当にこの秋の10月の天候はどうなっているんでしょうね?おまけに台風まで近付いてきているし・・・・(涙)
5連休は・・・何も出来ず何も成し得ず消えてしまった。。。
ただ、富士山五合目の夜は、車のヒーターを着けていても足先が冷たくなるほど寒いということは良く解りました。
11月2日 再び決行の日 AM0:48 出発!!

これでダメなら今年は諦める!!そう決めて!再び有給を使い3連休にして御中道制覇へ向けて出発しました!!
AM4:29 富士宮口五合目到着

ようやく天候に恵まれ、天気予報~そして富士山も晴天!!寒いだけで風も無く穏やかな深夜でしたヾU*・ェ・*Uゝ

あのベタ基礎の上にテントを設置!荷物も運び込んで準備は万端!!

これよりスタート地点の富士スバルライン五合目へ向かいます!!ヾU*・ェ・*Uゝ
- つづく -

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御中道(おちゅうどう)とは、富士山の標高2300Mから2800M付近の山腹を一周するルートの事で、
富士講信者における修行として利用された道である。反時計回りに一周しその距離は25kmである。
役行者が始めた「御中道巡り」が始まりと伝わり、16世紀後半には角行が行ったという記録が残る。
現在は山道の浸食と事故などから廃止された部分が多々あり、通行不可(立ち入り禁止)になった。
富士講信者における修行の道としては、3回以上の富士山登頂の経験と誓約書がないと、
通る許可が下りない程であったという。(略)
他にも、富士山を3回登頂すること以上の難行なんだとか・・・調べると色々と解ってきました。
以前から知っていた訳ではなく、富士山へ通うようになり、二度目の登頂を達成したあたりで薄っすらと見えてきました。
もしも3度目の登頂を成し遂げる事が出来たのなら、調べて少しずつ行ってみようと思うようになりました。
そして去年、三度目の登頂は成し遂げられた。私と伝助は挑戦権を得た(勝手にw)
現在解っている部分

過去の登山経験からそして今年初夏の下見などから、青い線の部分は歩いてきたので随分と全貌が見えてきました。
ただ事前の調べで、経験者のブログや記事を覗くと、一周するのに11時間から13時間掛かっているので、
私の実力では、下見などで歩いてみて大まかに計算してみると16時間は掛かりそうである。
本来は経験者などの先導の下、一番日の長い時期に行うのが最良らしいので、
随分と日の短くなってしまった今時期では、到底一日で達成する事は不可能となってしまいました。
しかし、始めての富士山から12年!どうしても今年達成させたい私は考えました。
一日で無理なら途中で一泊する方法は無いかと・・・
テント作戦
![JhvPn6UGxel3xsv1541839831_1541840036[1]](https://blog-imgs-123-origin.fc2.com/l/u/k/lukerio0918/20181110191113cb5s.jpg)
一周25キロもある御中道を、私一人だけでも歩くのも大変なのに、
そこへ伝助と二人分の水と寝具を背負って行く事は到底不可能です。 (登頂でもせいぜい往復7キロ前後)
幸い通過する富士スバルライン五合目と、富士宮口五合目、対面にあるこの二つの五合目には自動販売機があり、
常時使えるちゃんとした設備のトイレがあり、これを上手く利用できないかとまずは考えました。
しかし、犬を泊めてくれるホテルは無いしw野宿するにも寒いし食料と水の補給は欠かせません、車が二台あれば・・・
この辺りでふと、以前富士宮口五合目に小さなテントが立っていたのを見た事を思い出し、
そうだ!事前にどちらかの五合目にテントを設置して、そこに寝具や食料と水などを事前に入れて補給すれば!!
と考えたのでしたヾU*^ェ^*Uゝ
色々と買い揃えても予算は3万円までと決めていた私は(笑)
スタートを富士スバルライン五合目と定め、事前に深夜のうちに富士宮口五合目にテントを設置する事に決めました。
あとは、右回りか?左回りか?ですが、それは当日の状況によって決める事にしました。
10月5日 テント設置の練習

不可能と思われていた御中道制覇に明るい兆しが見えてきましたヾU*^ェ^*Uゝ
ネットで頼んだテントが届いたので、今日は何時も朝のボール遊びの広場で早速テントの設置の練習をしました。
「初めてでも2分で出来る簡単テント」の見出しで二人用の折り畳みテントです^^

2分とありましたが、拡げてみるとパッ!と広がり、僅か数秒で超簡単に出来てしまいました∑⊂*゜д゜*⊃!!
畳むのも簡単で、まるで折り畳み傘の様でしたヾU*^ェ^*Uゝ
よし!これならOKだ!!パッと行ってパッと広げてパッと設置できる!!
これに家にあるカーペットを敷いて居心地を良くすれば、一泊くらい快適に過ごせそうです^^
10月6日 富士山 水ヶ塚公園~富士宮口五合目

翌6日、今度はそのテントの設置場所を探しに富士山へやってきました。
テント以外にも、ガスボンベのコンロや寝具など色々買い揃え、当日の予行練習も兼ねてです。
まずは水ヶ塚公園へ立ち寄り、ガスでお湯を沸かして伝助のフードをふやかしてみました。
夜の富士山でテント泊は物凄く寒いでしょうから、お湯を沸かしてコーヒーなりカップラーメンを作るにも必要です。

風にも負けず、しっかりとお湯を沸かす事が出来ましたヾU*・ェ・*Uゝ

今年は本当に異常気象で、今日は小雨が振っていました。

ここでフードがふやけるのをジッと待っているのももったいないのでw
朝の散歩も予ねて、ルークとリオの眠る腰切塚展望台へ登ってみることにしました。

麓は雨が降っていなかったんですけどね、富士山は雲に霧にすっぽりと覆われていました。

展望台まで来たけどねw何にも見えませんヽU*´д`*Uノ

降りてきた頃、ちょうどフードもふやけていたので伝助はここで朝食です^^
AM8:42 富士宮口五合目

伝助に朝食を与え、テントの設置場所を探しに富士宮口五合目へ移動して来ました。

まずは宝永山周遊コースの方へ入り、以前テントが張ってあったのを見掛けた辺りへ行って見ました。
しかし、ここは一人用のテントが入る位のスペースしかなく、我が家のテントを張るのは難しいようでした。

とにかく、車でパッと来て、パッと運んで、パッと拡げられ、パッと荷物を運べる場所だ。

伝助は完全に山遊び気分♪私がウロウロしている間に行ったり来たりヽU*´д`*Uノ

ん~奥へ行き過ぎるのは良くないなぁ・・・尚且つ目立ちすぎず目立たなすぎず平らな場所を探すのだ。

ちょっとしたスペースを足で均してみたりしましたが、下が砂地なので直ぐに崩れて安定しない・・・
土台が安定しないと、幾ら荷物を放り込んでも富士山の突風で飛ばされてしまいそうで不安でした。
ここへ辿り着く頃には、物凄く疲れているでしょうから・・・辿り着いた時にテントが吹き飛んでいた!!
なんてことは避けたい・・・
更なるテント設置場所を求めて・・・

宝永山周遊コースの方には理想的なテントの設置場所を見付ける事が適いませんでした。
そこでもう一度冷静に富士宮口五合目を車で徘徊しながら、テントの設置できそうな場所を探してみました。
すると!おっ!?なんだこの脇道は!?σU*´д`*U?
大型バスの停留所の脇になんだか通路があるのを見付けました@@!

脇道を進んで行くと・・・

何か?嘗ては建物があったような場所に突き当たりました。

しっかりとした道路の石垣の下に、建物の基礎だけが残っている・・・!ここだ!!∑⊂*゜д゜*⊃!!

おお!ここいいじゃないか!!目立ち過ぎず目立たなすぎず!尚且つ人工物やトイレも近いし下はベタ基礎!w

よし!ここに決めた!!当日はここへテントを設置する!!こうしてテントの設置場所は無事に決ったのでありました^^
10月11日 決行の日 PM22:19 富士宮口五合目

富士山を3回登る事以上の難行といわれる御中道、
その身体に掛かる負担はどれほどなのか!?とても計り知れないので、何時もなら弾丸や日帰りでやってきましたが、
今回ばかりは有給休暇や普段休みとあわせて5連休大成で望む事にしました。
10月の9・10・11日の有給と、12・13日の休日をあわせて計5日、
5日もあれば何処かで良い天候に当たるだろうと思っていましたが・・今年の異常気象がそうはさせてくれませんでした。
テントの設置の為に富士宮口五合目へ来てみれば・・・深い霧に横殴りの雨・・・そして車が揺らぐほどの突風でした;;
AM7:10 断念・・・

朝まで待ってみましたが、結局雨風が収まる気配が無い・・・
予定ならとっくにテントを張って富士スバルライン五合目へ移動して、6時にはスタートしていたかったのですが・・・
今から移動しても遅いでしょうし、日中は一時的に晴れるようでしたが、明日後日はまた荒れるようでした。
悔しいけれど・・・今回は勇気を出して中止にする事に決めました。
せっかく富士山まで足を運んで・・・何も出来ず何もせずただ帰るだけの伝助・・・本当に無念であったヽU*´д`*Uノ
本当にこの秋の10月の天候はどうなっているんでしょうね?おまけに台風まで近付いてきているし・・・・(涙)
5連休は・・・何も出来ず何も成し得ず消えてしまった。。。
ただ、富士山五合目の夜は、車のヒーターを着けていても足先が冷たくなるほど寒いということは良く解りました。
11月2日 再び決行の日 AM0:48 出発!!

これでダメなら今年は諦める!!そう決めて!再び有給を使い3連休にして御中道制覇へ向けて出発しました!!
AM4:29 富士宮口五合目到着

ようやく天候に恵まれ、天気予報~そして富士山も晴天!!寒いだけで風も無く穏やかな深夜でしたヾU*・ェ・*Uゝ

あのベタ基礎の上にテントを設置!荷物も運び込んで準備は万端!!

これよりスタート地点の富士スバルライン五合目へ向かいます!!ヾU*・ェ・*Uゝ
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